番外編 | ナノ


「ヴィタ、あれはなんだ?」
 腕を引っ張られて立ち止まり、ミハイルの視線をたどる。そこには色とりどりの玩具が並んでいて、中でも一際目立つ熊に似せたかなり大きめの人形がニタリと笑っていた。
 視線を下げるとミハイルが好奇心を抑えられない様子で熊と睨めっこをしている。何か、と問われヴィタは手を伸ばして棚の上のほうに置かれているそれを手に取った。中からカタカタという音が響く。
「ああ、これはマトリョーシカですね」
「これが!?」
 マトリョーシカを軽く振って安全を確かめると、驚いたように目を見開くミハイルに差し出す。ミハイルはおずおずと手を伸ばしてマトリョーシカを受け取ると、心底珍しそうにそれを見つめた。
「こんなマトリョーシカはじめて見た」
「俺もです…欲しいですか?」
「なっ…」
 真っ赤になったミハイルはパクパクと口を動かしたかと思うと、急に押し黙りマトリョーシカをつっけんどんにヴィタに押し付けた。
「もうそんな子供じゃないっ!!」
 そう怒鳴ると大股で店を出ていってしまった。ヴィタは小さく笑い、マトリョーシカを元の場所へと戻した。

 それから数カ月して、ミハイルの6歳の誕生日がきた。堅苦しい礼服に堅苦しい儀式を当然のように受けたあと、ミハイルはすぐに部屋へと向かった。たくさんの同盟ファミリーのボスにはじめて目通りしたことで新たな世界を知った、そのことを自分の側役であるヴィタに話したくてたまらないのだ。
 しかし部屋の前へ行くとスーツの男が立っていた。何事かと目を瞬かせると男は義務的に「ヴィタはボスの命令で出掛けております」と言ったではないか。
 心の中で「タイミング悪く出掛けやがって」と愚痴る。敬愛する母親のことを責めるなどという考えはゼロだ。男には引き続き廊下にいるよう伝えると部屋に入り蝶ネクタイを外して机の上に置こうとした。
「なっ」
 ニタリ、と不敵なのか不気味なのかわからない笑いを浮かべた熊のマトリョーシカが一直線にミハイルを見つめてくる。蝶ネクタイを机に置くと素早くマトリョーシカを掴みベッドのうえに座った。
「あいつ…っ」
 もう6歳なのだ、すでにクルシェフスキーファミリーの嫡男として同盟ファミリーのボス達にも挨拶を済ましている。決して子供ではない!すこし興味があるだけだ!!
 それが子供が子供であるゆえんだということは考えない。
 乱暴に頭をわしづかみにすると、力一杯熊の上半身を引っ張った。
 ガポリ。
 そんな間抜けな音を発した熊の下には小さめの熊が再び笑っている。その笑顔の不気味さに多少引きつつも、ミハイルはプチ分裂を起こしたマトリョーシカを優しく机の上に置いた。

 ヴィタはだいぶ色の剥がれた熊のマトリョーシカを手に取った。開けると中にはやはり日に焼けた熊が鎮座している。
「懐かしいだろう」
「ああ、中々起きない坊ちゃんをよくこれで起こした」
「よく、じゃあない、たまに、の間違いだ」
 苦笑しながらだろう言葉にミハイルは少し苦い顔をして言い返す。あれからたまに起きるのが遅いとヴィタは決まって枕元にあのマトリョーシカを置いた、不気味な笑顔とその巨大さで熊の人形は度々ミハイルを恐怖のどん底に陥れたのだ。
「まったく、お前は本当によくやってくれる側役だったよ」
「まあまあ…にしても、捨ててないとは思わなかった」
「驚いたかな?」
「多少は。で、次はどこに出張に行けばいい?」
 ミハイルは紙を一枚差し出して、念を押すように微笑んだ。
「これ以上私の部屋に妙なものを置くスペースはないから気をつけるように」
「はいはい」
 紙を指ではさむとヴィタは両手を挙げて降参の意を示した。




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