序章 | ナノ


 あの後、モニカはすぐさま「次の任務があるから」と行ってしまった。
 エミールも残った任務を終わらせ、久しぶりにクルシェフスキーファミリーの本拠地である「冬の城」に帰還した。




――――――――――――



「ウォッカ様、G-046へ派遣されていましたカポ・レジーム(幹部)のキリル様より報告が」

 どうぞ、と書類を手渡したのはどこか冴えない容姿の青年だった。
 髪は緑がかった灰色に近い色で、日に透ければ銀にも見えるだろう。
 纏っている衣服も質素なせいか地味な印象が拭えない。
 この青年の名をトゥルと言い、ウォッカと呼ばれた青年の部下である。

「んー、はいはい」

 ウォッカと呼ばれた青年は藍色に近い黒髪(ブルネット)を頭の先より少し横で括っており、袖の長いダボダボの上着を羽織っているがその容姿は涼しげで整っている。
 
「…報告、ねぇ…」

 組織の外交顧問及び、外部からのイレギュラーの調整担当であるウォッカには、各国ファミリーの情報が集まり、その情報を元にファミリーの益になる任務を起案する任が与えられている。
 書類に目を通していたウォッカはそれを止め、怪しい微笑みをトゥルに向けた。

「トゥル、書類報告なんて味気ないと思わないかい?直に酒を飲み交わしながら聞く報告の方が何倍も魅力的だ。と、言うことで後は任せる」
 爽やかに部下にそう言うと、ウォッカは執務室を出ようとした。

が。

「何をおっしゃいます!いつもいつもいつもそうやってお仕事サボろうとして!ウォッカ様が真面目にお仕事されたらこんな書類なんてすぐでしょう!ウォッカ様、それを口実にして帰還中のエミールさんの所に行く気ですね!?ウォッカ様にはお仕事があるんですからね!」

 トゥルは涙目になりながらウォッカに訴えるが、ウォッカは表情一つ変えようとしない。
 それどころか突然トゥルの肩に手を置き、にこりと微笑んだ。

「トゥル、お前(部下)がどういう権限で俺(上司)に命令を?」

 ウォッカはあくまでも笑みは崩さない。
 彼から滲み出ているドス黒いオーラを感じたトゥルは顔を真っ青にしガタガタと震えている。
 部下のその様子を感じ取ったウォッカはニヤリと笑うと、トゥルの肩に置いていた手を離し足取り軽やかに執務室を後にした。
 一人ぽつんと残されたトゥルは、先程の恐怖から自身を落ち着かせ、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。

「…エ、エミールさんにお会いしたいなら素直におっしゃられたら良いのに。…仕事を理由にかこつけて…まったくもう…」

 あの飄々とした主が気にかけている少女も相当素直ではないけれど…。そう思うと何だか無性に可笑しく感じてしまうトゥルであったが、同時に残された書類の山、もといタケノコ(ウォッカは書類の山を何故かタケノコと呼ぶ)を見ると溜息をついた。








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