序章 | ナノ


 その後、パーティーは滞りなく進められた。
 途中、父から呼ばれたキルシュとエミールは「そういうことだから」と言われた。



 エミールの婚約者として現れたハルとエミールの出会いについては、エミールが8歳で日本に一人留学した時に世話になった家の息子がハルだったのだ。
 エミールの様子伺いにキルシュも度々日本へ訪れていたので、ハルとは顔見知り以上の仲となっていた。
 キルシュやエミールよりも身長が低いハルだが、実年齢は現在19のエミールより10歳離れている為、29歳だ。
 日本人は老けないんだと幼心に思ったエミールはハル―……九条春久信(くじょう はるひさのぶ)から学門、教養一般まで様々なことを叩き込まれた。
 唯一武術だけはミハイルから送られてくる専門の者に習ったが、それ以外はハルがエミールの日本で第一の師であった。
 お陰で留学した学園で勉強で困ったことはなかった。
 だが、そんなハルが何故という思いにかられ、エミールは頭を悩ませていた。
 まさかこの時の為に九条家で世話になっていたというのなら、父であるミハイルの用意の良さに胃痛すらしてくる。
 パーティーから数日後の現在、自分の部屋にいたエミールだったが、このあと新しい任務内容の説明を受けにキルシュの執務室に向かわなければならない。
 重たい腰を上げ、キルシュの執務室に向かうエミールの側に控えていたヴァーシリーは何かを思案するようにエミールを見つめる。
 エミールが執務室の扉をノックすると、扉の向こう側のキルシュから「入れ」と一言声をかけられた。

「よ、エミール」

「ハ、ハル!?何でここに…!?」

「……―ブリュヘル家が動き出したらしい」

「…!?」

 ハルの言葉にエミールは目を剥く。

「何で、今更…」

「殺し損ねた一族を何としてでも根絶やしにしたいんだろうさ」

 ―ブリュヘル家。かつてクルシェフスキー家に異端のレッテルをはり、一族郎党、女子供に至るまで異端審問又は拷問にかけたクルシェフスキー家最悪にして最大の憎き一族である。
 命からがら追っ手から逃げのびた後は衝突もなかったのだが、何百年も経った現在になって動き始めたらしい。

「エミール。お前は暫く身を隠してろ。ハルはその為に呼んだんだ」

 キルシュはそう説明すると長椅子から立ち上がりエミールの正面に立った。
 エミールとキルシュのエメラルドの瞳が混じり合う。
 だがそれも束の間、エミールはきつくキルシュを睨みつけた。

「嫌。父様もキルシュも此処に残るなら私も残るわ」

「馬鹿を言うな!」

 キルシュも負けじとエミールを睨み返す。だが、エミールはキルシュに向けていた射抜くような視線を和らげ、苦笑した。

「身を隠したら安全なの?違うでしょ。ブリュヘル家が相手なら、私達に安全な場所なんてないわ。きっと此処もすぐに見付かる。私だけ逃がしてもらうのは卑怯よ」

「……頼むから、こういう時くらい素直に頷いてくれよ」

「ありがとね、キルシュ。ハルも、折角来てもらったのに、ごめんなさい」

「構やしねえさ。婚約てのもお前を連れ出すためのカモフラージュだしな」

 ハルがそう言うとエミールは目をぱちくりさせた。

「よ、よかったぁぁ……」

 ふにゃりと頬を緩めるエミールに、ハルは笑い出した。

「じゃなきゃボスがあんなに大人しいわけないだろ?」

「そ、そうね…―――…っ!?」

 その瞬間、エミールの首に鋭い手刀が落とされる。
 意識を失い床に崩れ落ちるエミールをキルシュが抱き留めた。

「これで良かったのか…?」

 ハルの問い掛けにキルシュは「あぁ」と頷く。

「クルシェフスキー家とクルィロフ家の血をひく娘が異能を覚醒させたら厄介だからな。初代の復讐なんてのには、もう俺達は振り回されたくないんだ」

 そう言ってキルシュは拳を握りしめる。

「だがクルィロフ家は初代が絶対だからな。それに初代贔屓の一部の爺幹部連中はブリュヘル家が動き出したことで返り討ちだの一族虐殺だの騒いでいやがる」

「厄介なことだらけだ」

 嘆息するキルシュにハルは苦笑しつつも応えてやる。

「まぁ、そう言―…「こら二人とも。うちの娘気絶させるなんて、どういうつもりなの?」

「「!?」」

 突然現れた声の人物に二人は更に驚きの声を出す。

「モニカ様!?」

 思わぬ人物の登場にギョっとする二人を余所に、モニカは未だキルシュに抱き抱えられている愛娘の頬を撫でてやる。
 気配すら感じさせず現れたのは流石ボス直属の部下であるモニカと言った所だろうか。
 モニカはエミールを見詰めながら一言だけ呟いた。



「…ごめんね、エミール」



(禁忌の娘が、子を成す)

(それはつまり、)

(異常な異能の子が生まれるということ)






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