××な女の子 | ナノ

 昔、そう広くない我が家の庭をいつも横切っていく黒猫がいた。
 尻尾を垂直に立て、背筋はピンと真っ直ぐに伸ばす。前だけを見て堂々と歩くその姿が、とても印象的だった。その猫はいつの間にか姿を消してしまったが、今でも時々思い出すことがある。

 今こうしてその黒猫のことを思い出しているのは、目の前に猫みたいな奴がいるからだろう。
 月曜日の放課後。バレー部は休み。クラスの連中は部活やらバイトやらで早々に教室を出ていき、今ここにいるのは俺となまえの二人だけだった。


「おい、なまえ。帰んねーのか」


 期待はしていないが、返事は無い。多分聞こえてはいるだろう。しかし、こいつはこういう奴なのだ。

 友達がいないわけじゃない。でもいつも一人で行動する。ふらっとどこかへ消え、いつの間にか戻ってくる。協調性は無いようであるが、自由気ままで何にも捕らわれない、猫みたいな女。

 なまえは特に、姿勢があの黒猫によく似ている。
 及川が思わず「美しい」と口に出して言ってしまうくらい、彼女の背筋は天に向かって真っ直ぐ伸びていた。歩いている時も、授業中も、全校集会の時も。
 けれど、寝る時だけは別。普段の姿勢の良さからは想像がつかないくらいぐにゃんと曲がった背中。休み時間はいつも風にそよそよと吹かれながら、気持ち良さそうに眠っていた。


「おい、なまえ」

「うん……分かってるよ…………そのうち帰る…………」


 そのうちっていつだよ。その問いには返事がなかった。いくら夏場で比較的明るいとはいえ、あまり遅い時間に女が一人で帰るのは良くない。


「起きろっつーの」


 少し強めの力で、あの猫の毛皮によく似た黒髪を撫でる。窓際の席のせいか、長いこと日光に当たっていた彼女の髪は少し熱くなっていた。

 ──なんか、ふわふわしてんな。

 なまえを起こすための行動だったのはずが、いつの間にかその感触を楽しむためのものに変わっている。自分でもそのことに気づかずに、夢中で髪の間に指を滑らせた。
 暫く俺にされるがままになっていたなまえは、渋々というように頭を上げ、俺の手首を掴む。


「…………なに」

「いや……猫みたいだなと思ってよ」

「はあ?……岩泉って、猫好きだっけ?」

「別に、フツー」

「……ふーん」


 よく分かんないね。どうでもよさそうにそう呟いて、なまえはまた机に突っ伏した。
 けれど、今度は俺の顔を見上げたままで。今まで寝ていた為に若干うるんでいる目で、なまえは俺を無遠慮に見つめる。それがなんだか落ち着かなくて、なまえの目を隠すようにグシャグシャと乱暴に髪をかき混ぜた。

 ────そういえば。
 なまえの前の席に座りながら、ふと思い出す。

 前に一度、あの猫を撫でたことがあった。部活終わりでヘトヘトになりながら帰宅したとき。アイツは初めて俺が触ることを許可してくれた。──もしかして、俺を気遣ってくれたんだろうか?自分に都合のいい解釈だったが、それでも凄く嬉しかった。

 「やめてー」間の抜けた声でなまえはそう言ったが、どうやら本気で言った訳ではないらしい。グシャグシャの髪を直そうともせず、恐らく無意識だろうが俺の手のひらに頭を少し擦り付け、ウトウトと気持ち良さそうに微睡み始める。ああ、やっぱり。こいつは本当に猫みたいだ。


「なまえ、ニャーって鳴いてみ」

「…………バカにしてんの?」


 猫が怒って尻尾の毛を逆立てる時のように、なまえが勢いよく起き上がって俺を睨み付ける。それに笑いながら、その黒髪をもう一度ぐしゃぐしゃにかき混ぜてやった。
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