それはある夕飯時のこと。 なまえの両親が仕事で帰りが遅くなるため、家が隣である我が家に来ていた。 部活で疲れた身体を引きずるように家に帰り、玄関を開けると、トタトタという足跡が聞こえ、ふにゃりとした笑顔のなまえに出迎えられた。 「おかえりなさい」 「おー、ただいま。」 ぎゅーっと俺の腰にまとわりつくなまえを引きずるようにリビングへたどり着けば、そこにはすっかり夕飯の用意が整っていた。 今日の学校はどうだったとか宿題のことだとか、なまえの話に相槌を打ちながら料理を平らげていく。 「そのにんじんね、なまえがかわむいたの!」 どうだ!と言わんばかりにこちらを見上げるなまえを誉め、何気なく隣の皿にちらりと目をやれば、端の方に緑の山ができていた。 「あ、なまえまたピーマン残してる。」 「だってぇ…ピーマンおいしくない」 フォークを握りしめ、恨めしそうにこちらを見上げるなまえに、思わず甘やかしてしまいそうになるが、ぐっとこらえる。 「そんなんじゃいつまでもおっきくなれないべ?」 「うー…やだぁ…」 ピーマンと俺との間を視線が行き来する。 「なまえ、食べなさい。」 諭すように目線をあわせてそう言うと、ふいっと顔を背けられた。 「ほら、あーん。」 ため息をつき、なまえの皿からピーマンを一かけ摘まみあげる。 あーん、という言葉に反応したのか、ぎぎぎ、と音がしそうなほどゆっくり、なまえが顔をこちらに向けた。 「食べないの?俺食べちゃうよ?」 「いらないもん…」 伺うように見つめてくるなまえに、もう一押しでこの緑は無事口の中に入るだろうと感じた。 「見てない間に食べるかなー?」 ピーマンをさらになまえに近づけ、わざとらしく目を瞑る。 しばらくそうしていると、唸り声が聞こえた。 箸に僅かな衝撃が伝わり、薄目を開けてなまえを観察してみると、苦虫を潰したようななんとも言えない顔で口をもぐもぐと動かしていた。 「お、偉い偉い。」 頭をわしわしと撫でるも、眉間に皺を寄せた、いかにも不味いという表情は崩れない。 「ちゃんと食ったな?」 「…ピーマン、おいしくない」 まだ口の中が苦いと顔をしかめるなまえにお茶を差しだす。 ご飯時の飲み物はお茶なのがうちのルールだ。 「これでなまえおっきくなれる?」 コップを両手で掴み、一気に飲み干したなまえが、ぱぁっとした笑顔で見上げてくる。 「おう!でもまずはピーマン全部食べられるようにならないとだめだべ」 そう告げたとたん、嫌そうな顔をして、ピーマンを睨み付けたなまえ。 顔をしかめながらも緑の山を必死に崩していく。 ピーマンよりも早いスピードで無くなっていくお茶を継ぎ足しながら健気にピーマンを食べるなまえを眺める。 「なまえね、はやくおっきくなってこーしくんのこいびとになるの!だからがんばる」 最後の一つを飲み込んで、キラキラした笑顔でそう告げたなまえに、不覚にもドキッとした。 おかわり!と皿を掲げるなまえの頭をなでた。 「おー、早くでっかくなれよー。」 「うん!」 今度は先にピーマンから食べ始めたかわいい女の子の頭をもう一度うりうりと撫でた。 |