企画 | ナノ
「あいつ、なんにも話さないのよ。ムカつく」
一気に中身のジュースを飲み干したグラスをテーブルにたたきつけて、リタが腕を組む。
下町の酒場はリタがシュヴァーンに、初めて連れてきてもらった店だった。
貧民として生きていたリタに、貴族御用達の店など堅苦しすぎて性に合わない。それを考えて、シュヴァーンはここにしてくれたのだろう。
下町も貧民街ほどではないが、貧乏暮らしの人間ばかりの街だ。
騎士を恨んでいる者も多いはずなのだが、その隊長主席であるシュヴァーンには皆一目置いている様子だった。
下町は騎士の巡回ルートからはずれており、以前は犯罪が横行していたのだそうだ。それをシュヴァーンが巡回するようになり、なくなったことが一目おかれる理由なのだそうだ。貧民街にも救いを与えたかった様だったが、そこまではまだなかなかに難しいらしい。
シュヴァーンのそんな話を聞いたときは誇らしかったものだ。
「死んだ仲間の夢をかなえているだけだ」とシュヴァーンは酒を片手にそう言っていたが、その姿すら、いつもよりかっこよく見えた。
それから、リタはこの酒場によく来ている。
ひとりで行ったと知ると、シュヴァーンはなぜかいい顔をしないため昼間に秘密で来ているのだが、常連になって、リタには友人が出来ていた。
「ふふ、リタも大変なのね」
くすくすと妖艶な笑みをこぼす、彼女はジュディスという名だ。
青い上に束ねられた髪の後ろから、緩やかな弧を描いて長く伸びる触角と尖った耳はクリティア族特有のものだ。
赤い細められた瞳は楽しそうにリタを見る。
ここの従業員の彼女だが、リタが来ると、一緒にテーブルについて話をしてくれた。
「パーティーのことが知りたいのかしら」
「知ってるの?」
下町の酒場は噂であふれかえっている。その情報力は大物貴族が下っ端を遣わせて、情報収集をやらせるほどだ。
ジュディスは口角をあげて「ええ」と頷いた。
「たぶん、おじさまの結婚相手を探すパーティーね」
「けっこん……?」
言われていることはわかる。だが、シュヴァーンが結婚するだなんてことを今まで一度も考えたことがなかった。
ぽかんとしているリタにジュディスは続けた。
「おじさまもそろそろいい歳でしょう? 騎士団の団長が心配したみたいで、そういうことを企画したみたい。おじさまは断っていたのだけど、聞き入れてもらえなかったみたい」
「じゃあ、こないだ髪の毛ドリル女が来たのは……」
「たぶん、先に約束をとりつけて、みんなの前で見せびらかしてほしかったんじゃないかしら? おじさまのおうちは有名な家系だもの。それに隊長主席ともなれば、引っ張りだこだと思うわ」
「っ……、おっさん、結婚するのね」
「あきらめるの?」
ジュディスの最後の言葉が妙にはっきりと脳に届いた。
ハッと顔をあげて、リタは顔を赤く染める。
「な、なにをよ」
「わかっているでしょう? 気づいて、今の関係を壊したくないだけ」
「っ、」
「でも、このままじゃ気づかないふるを続けても、この関係はきっと崩れるわ」
「そんなこと……ある、かもしれないけど」
「ふふ、なら、いい方に変えるチャンスを使えばいいわ」
「なによそれ」
「パーティーに出てしまえばいいと思うのだけど」
「はあ?」
ジュディスがさっらりと述べた案は、とんでもなく無謀なものだった。
隊長主席の結婚相手を探すパーティーなのだ。集まるのはもちろん血筋のいい、美しく着飾った女たちなのだろう。
だが、リタはその正反対に位置する存在だ。貧民街で育った、品のない子供。
まずパーティーに出ることすら叶わないだろう。
だが、ジュディスはこの案に自信がある様子だった。
「リタに行きたい意思があるなら、大丈夫よ。でも、おじさまには秘密にしたほうがいいかもしれないわ。リタは行きたい?」
「そりゃ、行きたい……けど」
「なら、決まりだわ。ふふっ、楽しみね」
にこりと笑ったジュディスの方がうれしそうなのは気のせいだろうか。
パーティーまであと少しの時間しかない。
シュヴァーンとのこの関係はどちらにしろ崩れてしまうのかと思うと少し寂しかった。
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