企画 | ナノ

 リタは花屋を見るとレイヴンがそちらばかり見ていることも、ひとりきりの時は店の前に立ち止まって少し悩んでから店に入ることも、そうやって店に入ったときはなにか適当な花を一輪だけリタのために買ってくることも知っていた。
 たまたま街中で見かけたレイヴンが花屋の前で立ち止まって、しばらく動かず、店に入ったかと思ったら一輪花を買って出てきていたのだ。
 よく花を買ってくるなと思っていたが、これが原因かと思うとリタはどういう表情をして花を受け取っていいのかわからなくなってしまった。
 ごろりとソファーに寝そべったまま、花瓶なんて洒落たものはないため空いたビンに活けて、窓際に飾った何本かの花を見る。
 初めて買ってきたときはどうしたのかと思ったのだ。「ちょっとキザっぽいけど、プレゼント」と珍しく目を見ずに渡された花にリタはその時から違和感を覚えていた。どこか申し訳なさそうな、自分を責めるような表情をしてレイヴンは花をくれるのだ。
 そんな顔をされて邪険にするわけにもいかず、リタはいつも小さく礼を言って、その花を受け取っては窓際に飾った。
 レイヴンのそれを見る表情がつらそうだった意味も先日花屋の前で見たあの光景でようやく意味がわかった。
 レイヴンは花屋に行ってはキルタンサスを探している。
 形見も手放してしまったレイヴンにとって、かつて憧れた彼女を思い起こさせるものはキルタンサスしかないのだろう。
 そして、リタを愛してくれているレイヴンは彼女を探すようにキルタンサスを探す自分を責めている。
 窓際のあの花たちはリタへのお詫びのつもりだったのだろうか。ぽつりぽつりと増えていくそれは、レイヴンにとって罪の象徴のようなものだったのかもしれない。
 リタは、ぼんやりとそれを眺めていたのだが、思い立ったように立ち上がった。
 読んでいた本をテーブルに置いて、窓際の花をビンから抜いた。

 * * *

 花屋の前の道をレイヴンは極力避けるようにして、毎日家に帰っていた。
 花屋のある通りから帰るのが一番早い道だとは知っているのだが、店先に並ぶ花をみつけると、どうしても彼女の面影を探すように、赤い花を咲かせるキルタンサスを探してしまう。
 目で追って、探して、そこでレイヴンはいつも罪悪感に見舞われた。
 自分が愛しているのはリタではなかったのか。
 自責の念に駆られて、誰も見てはいないのにレイヴンはいつも罪滅ぼしの花を一輪買って帰った。
 そして、今日もその花を一輪買ってきてしまった。
 疲れて油断していた帰り道はどうしても、一番近い帰り道を無意識のうちに選んでしまう。
 今日も花屋の前で立ち止まってしまったレイヴンは罪悪感に責められながら玄関のドアを開けた。
 リタのことが好きだし、こうして共に暮らせていることは幸せだとも思っている。それでも、やはり自分は戦場で散った彼女を忘れられないのだと思うと申し訳なくてたまらなくなるのだ。
「ただいま」
「ああ、おかえり」
 リビングのドアを開けると、ソファーで本を読んでいたリタがひょこりと顔をあげた。
 素早い反応に少し頬がゆるむ。
 羽織を脱ぎながらレイヴンはリタに花を渡そうとして、動きを止めた。
 窓際にリタが飾っていた、あの罪滅ぼしの花たちが姿を変えていた。
 きれいな花瓶に活けられた、花たちに真っ赤なキルタンサスが何本も加わっている。
 ぽかんとしているとリタがレイヴンの手から花を受け取った。
「リタっち、あれ……」
「これ、ありがと」
 受け取った花をこちらに見せて礼を言って、リタは立ち上がると花瓶に花を挿した。
 花を挿して、こちらを振り返ったリタと目が合う。
 リタはこれがどういう意図の花なのか知っていたということなのだろうか。なぜ、こんなことをしたのか。聞きたいことああったが、辛い答えが返ってくるのが恐ろしくて、開いた口を閉じると、リタはふっと微笑んだ。
「また花買ってきなさいよ。キルタンサス、あたしは好きよ」
 それだけ言ってリタはレイヴンの横をすり抜ける。
 なにも言えずに固まっていると、後ろから4いつも通りのリタの「ごはん食べるでしょ」という声が聞こえてきた。
 返事が返せない。胸がいっぱいだった。
 赤いキルタンサスの中でもそれぞれがきちんと主張している罪滅ぼしの花たちがリタへの思いになればいい。
「ちょっと、聞いてる?」
「リタっち」
「なに?」
「キルタンサスじゃなくてもいい? リタっちのためのお花が買いたいんだけど」
 振り返らずに尋ねるとリタがくすっと笑った声が聞こえた。
「あんたの好きな花でいいわよ」


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