企画 | ナノ


 レイヴンのことが大嫌いだった。
 適当、胡散臭い、うそつきなどなど、リタが嫌いな人間の特徴を数そろえたこの男を愛してしまった理由がわからない。
 絨毯に座ったリタの背もたれと化しているソファーで熟睡しているレイヴンをちらりと見て、リタは眉を寄せる。
 寝顔が間抜けだ。わずかに口を開いて無防備に眠る様なんて旅の最中は見たことがなかったように思う。人一倍気配に敏感で、眠りも浅いレイヴンはリタの傍でなら簡単に熟睡するようになった。
 胸の上に片手を置いて、もう片方の手をぶらりと下に垂らして眠るレイヴンをじっと眺めて、ふとレイヴンも自分を嫌っていたのだったということを思いだした。
 「早死にするわよ」と瞳の奥を凍らせて言われたこともあった。「魔導器がそんなにかわいい?」と普段よりやけに冷たい口振りで言われたこともあった。「お子さまにゃわからんことでおっさんだって、いろいろ悩んでんだから」と茶化すように言いながら、遠ざけられたことっもあった。
 リタはあのころからレイヴンも自分を嫌いなのだと思っていた。小生意気なガキくらいにしか思われていないと思ったのだ。だから、余計にレイヴンが嫌いだった。
 すやすやとのんきに眠るレイヴンにされた拒絶の数々が、当時は気にならなかったのに、思い出してみると妙にカンに触る。リタは、唇をへの字に曲げて、瞳を細めると、立ち上がってレイヴンの鼻をつまんでやった。
 「んあ?」という間抜けな声をあげて一瞬目を開けたレイヴンはリタの姿を確認すると「どうしたの」とうわごとを呟いて、また眠りに落ちてしまった。
 どうやら相当眠いらしい。これはたたいても起きないだろう。
 ため息を吐いて、毛布をとりに寝室に向かいながらリタは考えていた。
 あの男のどこが自分はよかったのだろうか。
 お互いがお互いを確かに嫌い合っていた。旅がなければ、こんなのと関わりもしないと思っていた。それが、共に過ごす時間を重ね、お互いの持つ心の傷に気づいて、いつの間にかこういう関係にまでなってしまっていた。
 片思いをしていたときは、その時が永遠の様に感じられたのだ。心臓魔導器の点検が終わって帰ってしまうレイヴンの背中をみつめて、この恋は叶わないのだろうとあきらめて、目を伏せたことが何度もあった。その度、彼は振り返って笑うのだ。「どうしたの、リタっち」と。
 「なんでもない」と答えると追求しなかった彼が、突然厳しいほどの追求をかけてきたのはいつだったろうか。「なんでもないこたないでしょ。いつも泣きそうな顔して、見送って。まさか、さみしい?」と聞いてきたのが最初の質問だ。「寂しくなんかないわよ」と答えると「寂しそうだったわよ」と言いながら、頬を撫でてくる。初めてのことに驚いて、顔を赤くしたら「なんで真っ赤なの?」と。
 そんな質問攻めにだんまりをしてみたり、首を振ってみたりでごまかし続けていると、レイヴンはとうとう手を挙げた。

 「あー、もう降参。これ最後の質問ね。おっさんはリタっちが好きなんだけど、リタっちはおっさんのことどう?」

 視線を横に流して、少し照れくさそうに言ったレイヴンの表情を今でも鮮明に覚えている。「好き」とほぼ反射で短く答えたときのレイヴンの驚きから喜びへと変わっていく表情もだ。
 眠るレイヴンに毛布をかけて、リタは自分の頬がゆるんでいたことに気づいた。
 唇の両端に人差し指をあげて、横に引き延ばしておく。あんな緩んだ顔、レイヴンに見られたら最悪だ。
 レイヴンの何が好きなのか。
 眠りこけるレイヴンの表情を見て、リタは瞳にやわらかい光を宿した。
 なんとなくわかった気がしたのだ。
 今までのこと全て積み重ねて、その経験がレイヴンへの感情につながったのだ。公式のようにきれいに人の感情は片づかない。数字で表せないこの想いの理由は、明確でなくて構わないのだ。
 ばかでうそつき、女好きの割りに初で、大事なときに少し照れる。そんなかっこわるい彼をリタは愛している。
 ぴょこんと大胆に跳ねた寝癖のついたレイヴンの前髪を指に絡めて、そんなことを考えた午後だった。

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