企画 | ナノ

 リタは自分のベッドで寝てくれない。
 家を持たずに宿で研究活動を続けていたリタをダングレストの自宅に呼んで同棲を始めた時から、リタはレイヴンのベッドで寝ていた。
 リタのベッドはちゃんとレイヴンのベッドの隣にあるのだ。基本的には本が占領しているそのベッドは、片づければなんの問題もなく眠れる。リタがこちらに住むことになったときにレイヴンがわざわざ新調したものだったのだが、リタはなにがお気に召さないのか、そちらのベッドではいっさい眠ってくれない。
 レイヴンが寝ていようがお構いなしにはいってくるリタに最初は本気で驚いたのだが、今はリタが居なくては少し肌寒いと感じるほどにそれが当たり前になっていた。
 理由は何度聞いても「あたしのベッドは本のものじゃない」「あんたのベッドの方があったかいでしょ」という適当な理由なのだが、どれもきちんと納得できない。いや、レイヴンは本当の理由なんてわかっていたのだ。それをリタの口から聞いてみたかった。

「おっさん腕どけて」
「ん? 枕にしていいわよ」
「体に悪いんじゃなかったっけ?」
「いいのよ。どうせ寝ちゃったらリタっちおっさんの上に乗りあがってくるじゃない」
「う、うっさいわね。わざとじゃないって言ってんでしょ!」

 夜の平凡な会話をして、布団をめくりリタを招き入れる。
 シングルベッドにふたりで寝るなんて、そもそも無理があるのだ。リタの体が年齢の割には小柄だから収まっているといってもいい。
 必然的に密着する体に最初は緊張しまくっていたのを覚えている。いろいろな段階すっとばして、組み敷くなんて乱暴な真似だけはしたくなくて理性を総動員させていたころが懐かしい。
 今は全く本能を刺激されないなんてことはないが、不意をうたれさえしなければ平気なくらいには慣れてきている。
 目の前にきたリタは、こちらをむいて目を閉じる。鼻先がぶつかりそうなこの距離に、リタは喧嘩をしていようが拗ねていようが必ず眠りに来た。
 長いまつげがふるりとふるえる。いつもと違って見つめてくるレイヴンに気づいたのか、恥ずかしそうにわずかに身を動かしてリタは「なに」と小さくつぶやく。
 「うん」と小さく返事を返して、レイヴンも少し頭の位置を変える。布擦れの音が、妙に耳についた。

「リタっちさ、こっち狭くない?」
「またその話?」
「おっさんさ、そろそろ……わかる?」
「全く」

 本気でわからない様子だが、何度も繰り返される話題に飽き飽きもしているのだろう。小さくため息をこぼして、視線をはずすリタは拗ねているこどものようだ。
 レイヴンとリタは、まだそういう行為を行っていなかった。
 手をつないで、キスをした。デートと呼ばれるかは分からないが、何度も買い物にも共に行ったし、抱きしめることもリタに抵抗をされない。段階は踏んでいたが、まだ、その階段だけは上っていないのだ。
 そろそろだ。そう思うと我慢してきた心がじくりとうずく。
 リタの髪に手を差し入れ、その髪を絡めるようにとかす。くすぐったいのか、気持ちいいのか瞳をやんわりと細めたリタにレイヴンは息を詰めた。

「リタっちはさ、本が自分のベッドを占領してるからとか、おっさんのベッドの方があったかいからとか言うけど、それって嘘じゃない?」
「は?」
「本をおっさんが片づけても、そっちでは寝なかったし、暑い日もおっさんのベッドに入ってきた。それに、おっさんが酔ってリタっちのベッドで寝てたときはリタっち、自分のベッドで寝てたじゃないよ」
「そ、れは……。ていうか、なんで急にそんなこと言うのよ」

 賢いリタは、目的がなんなのかバレているだろうということは分かっていたのだろう。それでも、適当ないいわけを作ってレイヴンのとなりで眠り続けた。その理由を、その唇から聞きたかった。

「ねえ、リタっち。なんで?」
「……なんでだと思う?」

 眉間にしわをよせて、真剣に言葉を選んでリタが切り返してきた。
 レイヴンは言葉に詰まった。さて、どう言えば彼女から理由を言わせることができるのか。

「おっさんを暖めに来てくれてたとかだったり?」

 ふざけた口調で、適当に思いついた理由を言ってみる。
 リタはむっとした様子で「違う」とだけ、短く答えた。

「じゃあ、なによー。おっさん、リタっちから聞きたいんだけど」

 髪に通していた指を滑らせ、耳元をくすぐってやる。弱い部分にふれられて、リタは身を縮めた。

「ちょっと……!」
「うん?」
「まともに、話せないじゃない!」
「まともに話せないくらい、そこが感じちゃうわけ?」
「なっ、」

 顔を真っ赤にしてリタはかみつこうと口を開く。この後に続く照れ隠しなんて、わかっていたのだが、リタはそれをぐっと飲み込んでレイヴンに顔を寄せてきた。

「リタっち?」

 予想外の行動にレイヴンが声をもらした直後、リタの唇がレイヴンの鼻の頭に落ちた。ちゅっと短く落とされたキスにレイヴンは目を見開く。
 リタは恥ずかしそうに視線をそらしてレイヴンの額に自身の額をあわせてきた。

「ねえ」

 緊張からかふるえたリタの声が耳をくすぐる。
 泳いでいた視線がゆっくりとレイヴンの瞳をとらえた。

「なんで、一緒に寝てるんだと思う……?」

 限界だった。

「抱いていい? リタっち」

 妙にはっきりとした、場に不似合いなくらいに大きな声がでた。
 それにリタは驚いて目を丸くし、その大きな瞳をゆっくりと笑顔に変えた。

「あたしの勝ちね」

 その言葉ですべてがわかった。
 リタもレイヴンの口からこの言葉が聞きたかったのだ。
 レイヴンもふっと口元をゆるめ、リタの頬に手を添えた。

「ここから逆転勝利するんよ、リタっち」


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