企画 | ナノ
「ねえ、あんたってあたしのことどう思ってる?」
「ん? んー、賢くて生意気で、かわいげあるところもあるぺたんこちゃんってとこ?」
「ぶっとばされたいみたいね」
「え!? おっさん正直に答えただけなのに!」
西日が差し込む教室でこんなふざけた会話を繰り返すのも何度目だろう。
やたらとまぶしい日差しをさえぎるためにカーテンを引いて、またいつもの席である実験室の一番前の席についたレイヴンを見てリタはため息を吐いた。
「差し込む夕日と黄昏る少女。なかなか絵になるんでない?」
「うざい」
「ほめたのにー」
見なくてもわかる。唇を尖らせてすねるうっとうしい教師を思い浮かべながらリタは机に伏した。
「おろ? まじめに具合悪いとか?」
レイヴンの問いかけには答えず、リタは目を閉じる。
具合が悪い。これが病気だとするなら、月並みなうえに臭いが恋の病というやつだ。一目惚れなんて、そんな質ではないリタは気付いたら、このはみだし教師に恋心を抱いていた。
だからこそのさっきの質問だ。こうやって鎌をかけるような質問を度々考えては、緊張しながらレイヴンにぶつけるのだが、相手は大人だ。
こちらの恋心がわかっているのかいないのか。するすると質問をかわして、こちらを怒らせて、ぐだぐだにして終わらせてしまうレイヴンにリタは拗ねていた。
卒業式に告白しようなんて、そんな思考はリタにはなかった。
レイヴンに迷惑をかけたくはない。だが、あちらの気持ちは確かめておきたい。そういう思考しかなかったリタにとっておつき合いだのなんだのはよくわかっていなかった。
そんな話をエステルにしたことがある。好きなのはわかる。恋いは勝手に始まってしまうものだ。自分では止められない。だが、おつき合いとやらになんの意味があるのか、と。
その質問にエステルは、「触れたいと思うとき、会いたいと思うときに
少しだけわがままを言えるのがおつき合いですよ」と微笑んでいた。
「リタっち?」
突然近づいてきた声に慌てて顔をあげる。思いの外近かった顔に驚いて、椅子を引いたリタが足を滑らせた。
短い声が喉から漏れた。椅子が派手に倒れて、リタは目を閉じる、一瞬の出来事だったが、体は痛みに耐えるためにぎゅっと縮こまった。
「っ、え……?」
なにかに支えられた。衝撃は来たものの想像していたような痛みもない。ただ、体がなにかに包まれたように暖かかった。
はっとして目を開ける。
なにが起きたのか。ぼんやりとしたままのリタの視界いっぱいにレイヴンの顔があった。
床にしりもちを着いたよう座り込むレイヴンの腕にリタは収まっていた。
「おっさん……?」
なにも話さないレイヴンが、短い息をこぼした。頬をくすぐったそれにリタは顔を赤らめる。
倒れた時にわずかに開いてしまった足が恥ずかしくて、気付かれないように閉じた。
「っ、リタっち」
「あ、な、なに?」
なにか考えるように黙り込んでいたレイヴンが、なにか思いついたように声をあげた。
ふいっと横を向いてしまったレイヴンの表情が見えない。
暴れる心臓に呼吸すらままならない時間が、なぜか愛しくてたまらなかった。
「今日はさ、もう帰った方がいいかもしんないわ」
「は……? なんでよ。もしかして怪我した……?」
「してないしてない。そうじゃなくて……」
「なによ」
「まあ、なに、おっさんも男ってことよ」
ちらりとこっちを見たレイヴンの表情にリタは目を丸めた。
少年の様に赤く染まった頬を見られたことに気付いたのか、レイヴンは咳払いをして、また横を向く。「ほら立って」なんて声に動く気にはならなかった。
「リタっち」
「いいから」
「……なにが? 意味わかってる?」
「わかってるわよ」
「……リタっちは卒業まで我慢できるいい子だと思ってたんだけど」
「それはこっちの台詞よ。卒業まで我慢できてないのはあんたの方でしょ」
「ごもっとも」
ふっと緩んだ笑顔をこちらに向けてレイヴンが、ひとつ、息を吐いて、唇を寄せてきた。
「ねえ。恋人になるってことでいいのよね?」
「……そうね。我慢してるつもりだったんだけど」
ぼそりとつぶやいてレイヴンが唇を重ねてきた。
付き合うことに意味なんて見いだせなかった。そばにいられて、お互いが思い合っているという確認ができるならそれでいいのではないかと。
だが、それは違ったのかもしれない。
重なった唇の温もりが切なくて、リタは恋人になるということの意味を理解しながら、レイヴンの服を握りしめた。
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