企画 | ナノ
好きな子に笑ってほしいと思うのは当然のことだとレイヴンは思っている。
いつも笑顔でいてほしいなんて難しいことは思わない。泣きたいときは自分を頼って泣いてほしいし、自分の身を守るためなら存分に怒ってほしい。
だが、それでもやはり笑顔は見たいものなのだ。
「なによ」
「んー?」
夕飯は一緒に食べようというルールはレイヴンが提案したルールだ。
世界を救ってすぐ。世界がまだごたごたしていたときで、まだふたりが恋人なんて甘い関係ではなく、心臓魔導器の点検をいちいちしに来るのが面倒だし、なにしろ家がないというリタとレイヴンが同居を始めたときに提案した。
まだ恋人ではなかったのだし、すれ違いがどうのだなんって言ってはおかしかったが、忙しかった時期だ。レイヴンも家を開けることが多く、リタも研究に集中していた頃だったため、ふたりは同じ家に住んでいるというのに顔をあわすのは心臓の点検くらいのものだった。
そのころレイヴンが最も心配していたことはリタの食事だった。家に帰ってもどうにも食料が減っている気配はないし、研究中は声をかけても梃子でも動かない。
仕方ないため、レイヴンは心臓点検中にこの約束をなんとか取り付け、研究中だろうがなんだろうが、夕飯になれば「あーあ、リタっちはおっさんとの約束も守れないわけね。へ〜」とちょっと煽ってやるようになったのだ。ちょろいと言ったら怒られるだろうから言わないが、実際ちょろい。
そんなちょろいリタは今は目の前でレイヴンが作ったデザートのアイスクリームを食べている。
服装はキャミソールに短いズボンといった露出度の高いもので、片膝をたてて時折スプーンをくわえながら味わっているのかやたらゆっくり食しているため、非常にだらしなく見える。
20も年上だからだろうか。こういうとき無性に「お行儀よく食べなさい!」と注意したくなるのだ。リタの生い立ちから、こういうマナーを学んでいないのは分かるのだが、むずむずしてしまう。
「なんでじろじろこっち見るのよ」
「なんでだと思う?」
「はあ?」
頬杖をついてしかめっ面を眺め続けているのは別に注意したくてむずむずしているからではない。このしかめっ面がなんとかならないものかと考えていたからだ。
態度は非常に悪い。機嫌が悪いのかとともすれば勘違いしてしまいそうなくらいだ。しかし、長い間リタとの時間を過ごしてきたレイヴンにはリタの機嫌が至って悪くないことはわかる。機嫌が悪いリタなら、こちらに声をかけもしないだろう。睨んで終了だ。
「なんでよ」
ちょっと戸惑い気味のリタがアイスをすくったスプーンをまた口に運ぶ。大分溶けてしまっているがおいしいのだろうか。甘味が嫌いなレイヴンにその趣向は理解しがたい。
「リタっち」
「なに」
「アイスおいしい?」
「溶けた」
「いや、リタっちがゆっくり食べるからでしょうが。そりゃ溶けるわよ」
「じゃあ、あんたはなんであたしがゆっくり食べるかわかる?」
「へ?」
あまりこちらに視線をあわさなかったリタの瞳が今度はこちらをじっと見据えている。
きれいな翠色の瞳が揺らいだ。くちびるをきゅっと引き結んだリタの頬は真っ赤だ。
キスの前みたいだ。
ぼんやりとそんな思春期の少年みたいなことを考えたレイヴンの脳裏に瞬間リタの質問の答えが浮かんだ。
「あ、あー……」
柄にもなく率直な感想が口をつきそうになった。「かわいい」を冗談でも意思をもってでもなく、ただすんなりと口にするなんて少々照れる。
口元を手で覆い、リタから視線をそらす。
どうしたものか。今この子に触れたくてたまらない。
「リタっち」
「な、なによ」
「ちょっと……」
テーブルに手をついて、向かい側のリタの頬へと手を伸ばす。
見開いた目をあわてたように閉じたリタに笑って、レイヴンはリタの鼻にキスを落とした。
「え?」
「遠いからあんまりやらしいの、しにくいでしょ? おっさんやらしい気分なんだもん」
「なっ……」
「アイスは早く食べちゃってよ、リタっち。その後、ちゃーんとしたげるから。で、明日からは溶けなくて、ゆーっくり食べれるデザートがいいわよね、リタっち」
にんまり笑って元の位置で肘をつく。
夕飯時しか一緒に居られないなんて勘違いされては困るが、夕飯は一緒に食べるというルールなら夕飯時間は相手を拘束しておけるのだ。長い間一緒にいたくてアイスが溶けるまでちまちま食べていたなんてかわいらしい。
リタにそっと微笑んで「早く」と急かす。
「ばか」と言ったリタの口元はわずかにゆるんでいた。
この表情がレイヴンをいつも幸せにする。
いつもこんな顔で笑っていろなんて言わない。いつもこんな顔で居られたら、むしろレイヴンの身が持たない上に、不健康だ。
怒って泣いて、ときどき笑って。それでいい。
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