まるで生きているみたいだ。空気が冷たい。茹だるような夏は、生きても死んでもいないけど、凍える冬には、生きているような気がする。音もなく降る雪はないけど、冷たい雨が騒がしいけれど、痛む指先と痺れる足先を、冬にだけ思い出す。あたたかいカップを両手に、わたしというのがあったなと、思う。
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今日は夢を見たよジャック。お前はティラノサウルスの肋骨に、マンモスの皮を貼った家を持っていた。僕はアンモナイトのドアノッカーを叩いて、シダの葉のカーテンを開けて部屋に入る。水槽ではウミユリが揺れていたんだ。とても素敵な夢だったよジャック。お前の大腿骨は夢の中でも美しかったからね。
- ドリームランド


息が止まったら何になろう。最初はきっと土になる。コンクリートジャングルが崩れて、全てが息絶え滅んで、ぐるりと回ってまた貴方が生まれたら、次は石になる。祭壇を飾る宝石として、征服者達の宝飾として、そして静かなガラスに囲まれ展示品として、わたしは死んでオパールになる。50万年先の話。
- 化石


あの人は失恋したいから恋をしている。簡単に惚れた腫れたと少女のような顔をして、そのくせ、意味不明な告白をしてフられるのが生き甲斐なんだ。とんだマゾヒストさ。生ゴミを見る目の素晴らしさを嬉々として語る。君の恋も不毛だ。意味がない。あの人は自分を好いてくれる人には見向きもしないから。
- こちら一方通行


6番目の女神達が布を織る。それを側で見ているのがあたし。機織り機はかたんかたんと音を立てて、女神達は白い糸を時々ハサミで切りながら、数え切れないほどの布を織る。かたんかたん。縦の糸があなたなら、横の糸は彼女。あたしはここで見ている。白い布が伸びて、切れる。かたんかたん、ちょきん。
- moira


飛行機は助走をつけて飛ぶからと、彼女は坂を転がるように駆け下りて行く。風を切るその姿が、それこそ飛行機に見えて、あるいはトリに見えて。きっとトリっていうものは彼女の姿をしているのだろう。両手を広げて走る彼女は、雲を裂いて飛んでいる。気付いた時には、彼女までの距離は遠くなっていた。
- 疾走


それはやわらかい鎧のようであった。
毛の無い羊に、羊としての価値はあるのかと言ったのは牧羊犬だった。柵の内側へ彼等を追いやる仕事を終えたところで、毛の無い羊は次の毛を用意できるからねと、私は答えた。大人達に鎧を剥がされていく彼等に、犬は何と言ったのだったか。
裸の羊がないていた。
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白い部屋のベッドで呑気に外を眺めている兄は、記憶喪失なのだという。嫌味しか言わなかったはずの口から"見舞いに来た弟"への随分素直な感謝の言葉が出て、どうしてだか立ち尽くすしかなかった。彼の姿がまるで、空っぽの箱のように見えた。嫌味しか言えないこの口からは何も出て来やしなかった。
- empty box


君が死んだら僕のお嫁さんにしてあげるねと、彼は微笑んだのだった。
- 無題


未知は恐ろしいけど面白いわ。分からない、証明できない、ってことはあらゆる可能性があるんだから、地球の外殻で泳ぐ魚だとか月の地下都市だとか、そういうものを夢見れるじゃない。分からないから排除してしまうなんて、それは勿体無いことだと思うわけ。あんたは夢のない大人になるんじゃあないよ。
- 魚と月とわたしと大人


紙もインクも珍しい今、もはや文字といえば専ら0と1で、子供達の会話だってまるで機械の通信か何かのよう。彼はそれをひどく気味悪がっていたか、もう見飽きたその顰め面の横で、私は、画面に表示された記号も紙の上の文字も、どちらにせよ私達はそれらに踊らされるのだと、見当違いなことを思った。
- 支配者


死んでしまえと言った。特定の誰かではなく、まして道行く他人でも自分にでもなく、ただ漠然とそう思って、言葉が口をついて出た。何のことなのか分からないけど、キャパシティを超えてしまったような気がして。これ以上は受け入れられないと。交差点が騒がしかった。その瞬間、空が落ちて地面が崩れた。
- 杞人憂天地崩墜


「お前は、そうだろう」視線を逸らしてセオドアは言った。お前は、と言うなら、彼自身はどうだと言うだろう。月明かりが沁みるようで、私は目を細めた。私がそうであるなら、幸せであるならば、彼は。神様からの贈り物なんて大層な名前を貰った男は、まるで世界に自分一人だというような顔をしていた。
- 傷口に月


どうかしたのかと俺は訊いた。橋から川を見下ろしていた彼は苦笑を零した。夜の所為で川の水が黒かった。眠らない街の灯りを反射した冷たい墨の色は、そう遠くはない海まで続いて流れて出ていく。俺は、気にしてるなら見当違いだぜと言った。彼はただただ苦笑を零した。零して川面に波紋を作った。
- 凍えて揺れる橋の上


雨が降って、冷たい水がわたしを叩いて、雷の鳴き声が鼓膜を震わせる。冷え切って乾いたわたしを、更に冷やして潤した。雨が降って。すっかり温もりのなくなったわたしは果たして、生きているのかいないのか。遠くなる雷の泣き声に耳を傾けて、雨が降って、赤い水溜りを薄めて、乾いたわたしを潤した。
- 冬になく雷雨


車窓には暗い中ぽつりと街灯が浮いて、白い光が流れて、眺めているとアナウンスが聴こえてきたから、荷物を抱えて立ち上がって、田園風景が小さな町になっていて、今し方通り過ぎた踏切に懐かしい誰かが立っていた気がしたのだけれど、瞬きの内に列車はホームに入って、おかえり、と。無人駅は言った。
- よるのえき


明言したくないのは、目を逸らしていたいからかもしれない。遠回しなら、気付かないフリができる。ゴミだって、もう使わない物と言えばゴミじゃないように見える。部屋に置きっ放しでも、それはゴミじゃない。ゴミじゃあないのだ。使わない物を置いてあるだけで。そしたら、まだ目を逸らしていられる。
- 不明言


長い夢を見ていた。なんでもないような幸せがそこに有って、ただ日々を過ごしていただけなのだけれど、それでも今思うと、あれはきっと長い夢だったのだ。誰かが言ったように、虹の中に居る人には虹が見えないから。燻る煙が肉を焼く臭いがして、現実に引き戻される。わたしは、長い夢を見ていたのだ。
- 虹を見る


千切れそうに萎びた花を引き抜いて、もう使わないマグカップに水を湛えて活ける。萎びた花の千切れそうに色の変わった部分が、ちょうど淵にあたって首を垂れた。元居た花瓶の花束は初めの頃と寸分違わず美しくて、もう使わない赤のカップと揃いの青に俺は温かい珈琲を淹れる。明日は砂糖瓶を捨てよう。
- ブラックコーヒー


貴方には私のことなんて分からないでしょう、と、笑ってるのか泣いているのか、くしゃくしゃの顔をして言う。私と同じ目になんて遭ったことがないんでしょう。僕はそれを言われる度に悲しくなって、そうだよ僕には分からないよと、歩み寄ることもさせてくれない彼女の前に、ガリガリと線を引くのです。
- 彼女の言い分と境界線


夢を見た。箱の前に私が立っているだけの夢。私は清潔な白いワンピースを着ていた。箱は正面に長方形の穴がある5m四方程の白い立方体で、部屋に見えない事もない。それだけの夢。目覚めるまで私は、ただそこに立っているだけだった。箱に何があったのかだけ見れば良かったかなとは、まあ少し、思う。
- なんでもない話


彼の深緑の瞳を見ていると、なんだか肺が縮こまったようだった。部屋にいる全員が彼の言葉を待っていた。深く息を吸おうとしても、縮こまった肺の半分も満たせていないような気がした。深緑の瞳が一度閉じられて、開かれる。私は浅い深呼吸を繰り返す。彼の口から語られるはずの真実を、私達は待った。
- 期待


深い水底にひとりで落ちていくのは、別段怖くはなかった。彼に一矢報いることができるのなら、大切な家族を守ることができたのなら、本当の事は誰に知られなくても構わない。もがくほどに酸素が逃げて、怖くないなんてやっぱり嘘だけど、心残りといえば仲違いしたままのあの人のこと。ほんの少しだけ。
- 水底の走馬灯(ある貴族の弟について)


大丈夫よと言われると、その言葉の意味を考えてしまう。裏側だとか、いわゆる下心だとか、そういったものについて。気にしないでと笑った彼女が本当は何を思っているのか、どうしてだか考えずにはいられない。彼女はその美しい微笑みの裏に何を潜めているのか、なんて。分からない方が良いんだけれど。
- 笑みの後ろに


藍は青い色になる。哀になれば涙になるし、eyeになれば目になって、aiになれば人工知能に。会いたい人とは相合傘で、Iでやっと私になる。愛は、どうなるんだろう。愛よりも曖昧なのは。
- 無題


空が藍に染まるたび、わたしは憂鬱という文字を思い出します。藍の空は曇天の時よりも重くのしかかるように感じられるのです。結局わたしは藍と云うものについて考えを巡らせなければならない気になって、日が暮れるごとに、わたしの中で憂鬱色になってしまったAとIの文字にまで想いを馳せています。
- あい


この手に有り余るほどの富を、溢れて零れてしまうほどの富を、ぼくは持て余しているのです。てのひらで掬えるほどで良いよ、ぼくが守りきれるだけで良いよ、そんなにたくさんは要らないから、この手に有り余るほどの富を、あの人に返して、そして、まだ父とは呼べませんと、どうぞお伝えください。
- 拝啓、他人様


彼が長い長い前置きを語るのは、保身のために他ならない。彼の言いたいことを言うために、出来る限り人の目につかないように気に障らないように、長い前置きを並べている。認めて欲しいのか忘れて欲しいのか、彼はそうやって逃げ道を準備して、ほら、そういう意味じゃあないんだと、彼の笑う声がする。
- 逃走計画犯


氷が全部塩味ならいいのに。彼女は言った。南の果ての地は凍えるほど寒く、氷と雪だけで出来ていた。少し前に彼女は、足元の氷を掴んで、この寒い中あろうことかそれを口へ運んでの一言だった。ガリリと音がした。もしもそれが塩味だったなら、きっと今度は僕の方が、無味ならいいのにと言うのかしら。
- 果ての味


息が出来ないのは気の所為で、実際に酸素が薄くなった訳じゃない。私は部屋の隅にいる。窓の影とは正反対の位置に貴女。昼下がりの日差しが私と彼女の境界を作る。目眩がする。手汗で滑る。自分で息が止まるほど首を締めることは出来ない。酸素は部屋に充満している。
- #劣等感の殺し方-窒息


 



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