サイダーホールでダンス
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夏も真っ盛り。
と言っても今年は受験やらで、部活がなけれど『遊ぶ』という考えはない訳で。
こうやって自分の部屋の机に向かって、小さい脳みそを動かしては、手元のシャーペンで苦手な英字を書いていく。
ただ、暑いせいか、勉強のしすぎなのかで、頭はぼーっとしている。
このまま勉強してもな...。
「また勉強してんのかぁ?」
声をした方を向くと、私の部屋のドアの前に立っていたのは竹谷八左ヱ門だった。
竹谷八左ヱ門、通称ハチは家が近所の幼馴染だ。
「ハチ...どうやって家に入ってきたの?」
「ふつーに小春の母さんが入れてくれたけど」
私の方に歩いてきては、そう答える。
おほー、英語か。と、自分も習っているそれをまじまじと見つめる。
「俺にはさっぱりだな!」
ケタケタ笑っては、「はいよ」っと透明の水筒を渡してくる。
「何これ」
「何ってお前知らないの?期間限定のスイカサイダー」
「美味しいの...?」
「ん?知らない」
ハチはいつもこうだ。期間限定のものを買っては、自分は怖いからと言って私で試してくる。
去年の秋はマツタケチョコ、冬はみかん大福、今年の春は桜チップスと...今期はこれか。
ちなみに今までで不味かったものもあったわけで...。
正直私は、すぐに顔に出るからわかりやすい。
今までは私に嘘をついて「美味しかった!」だの「一緒に食べたい!」だの言ってくれてたのだが、最近は開き直ったのか正直に「食べてない!」「これは美味いだろ〜!」と言うようになった。
「まぁまぁ、勉強も疲れただろ!飲めって!」
お前は逆に勉強しろよ。
そう思いながら、恐る恐る蓋を開ける。
中の炭酸が一気にシュワシュワと音を立て始める。それと同時に少しスイカの香りが鼻をくすぐる。
口にひと口含む。
「あれ...?美味しい」
「まじか!やった!」
絶対不味いと思ってたものが、割と、いやかなり美味しい。
というか、「やった!」って何...?
「それ、俺が作ったんだよ!」
「...え?なんて?」
ハチが目をパチパチすると、はぁ〜〜〜〜〜〜とため息をつく。
「だから、俺が作ったの。家にスイカがめちゃくちゃ届いて余ってたから、もともと冷蔵庫に入ってあった炭酸水とか使って。小春、最近受験勉強とかしてっから、食べながらより飲みながらの方がいっかなって思って」
あ、それで水筒...。
少し強めの炭酸に、ぼーっとしていた頭が活性化させられる。
体も、ジュースの冷たさで少し暑さを感じなくなった。
「ありがとね」
「おう!勉強頑張れよ」
私の頭をくしゃっとすれば、白い歯を見せてニカッと笑う。
この笑顔が、私は昔から好きだ。
「ハチもね」
スイカの皮でも食べたのかな。
少し苦い笑みを浮かべて「はーい」とハチは私の部屋を後にした。
うっすら赤い液体の中で、スイカの種がサイダーの泡と踊っていた。
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