魔法少女は笑わない
そこには同年代の少女がいた。
見たことないほどカラフルな装飾に盛られたハイヒール。汚れのひとつも見られない、パステルカラーが際立つソックス。とんでもないほど厚いパニエに、フリルの凝られたミニスカート。ウエスト・ラインがよく出る胴部の胸元に、光る大きな宝石とヒラヒラのリボンが恨めしい。
少女が立つには錆の匂いが強すぎて、そして戦場にしては整いすぎた市街地に薄く砂煙がうつり、背後に悪意の残党が迫る。蛍光色の鮮やかでおどろくほどの長髪が揺れ、少女は眉間に深く皺を寄せた。長い溜息、ふかふかの袖にレースがおどる。握るはきらめく、身丈の長杖。倒し損ねた雇われのゴロツキの類だろうが、今はとても、乗り気になれない。
振り返り、迎え撃つ動作にはもう慣れた。迫り空を切る刃物の初撃を躱して、次いで切りかかる動作を杖で食い止め、拮抗しても怖くはない。一人じゃ無理だ。けれど、押し返せる。そうでもないとやりきれないのだ。わたしが。私の“スタンド”が、こんな“ふざけた格好”である意味なんて。
「二度と来ないで。帰って頂戴」
そうして騒動を治めてひとこと告げた後、ふらふらと逃げ去る敵の背が消えたところで、傍らの大きな窓に映る自分の姿に目をやった。
全身がうつるサイズの大きな鏡、あるいはそれに近いものを目にすると、ついまじまじと見つめてしまう。そこには紛れもない、およそすべての幼い少女のあこがれの、“魔法少女”を模した姿で、今頃になって赤面しはじめる自分の姿があった。
「どうして私だけ魔法少女なんだろう」
ホテルの広いラウンジの、その一角のソファの上で顔を覆って嘆く様子を面白がって寄って来て、だいたいを察したポルナレフは頼んだコーヒーを啜りながら「ふん」とも「はあ」ともつかない雑な返答を寄越してきた。
「どうした急に。というか、おれに言われてもなァ」
「もっと格好良いのがよかった」
「強いんだから、それでイイだろ。おれほどじゃねーけど」
「違うの。そうじゃなくて、そういうことじゃなくて」
紆余曲折はあったけれど、同行を了承したのは私だ。けれどあんなに短いスカートの、魔法少女めいたファンシーな自分を衆目に晒すことが、こんなに恥ずかしいだなんて。
「だって、高校生にもなって、あんな。うう、承太郎だとか、花京院だとか、同年代だっているのに、やっぱりわたし、堪えられない」
「はは、今更だろ。そこはほら、がんばれよ」
ポルナレフは呆れた様子でカップに砂糖を追加して、しばらくスプーンで混ぜた後、ふいにその、話題に挙げたばかりのふたりの名前を呼んだ。
「それで、実際のところどうなんだ。お前らとしては」
「どうって。人聞きの悪いこと、言わないでくれないかい。まるでぼくらが」
「やましいことを考えているみたいじゃないか」なんて当たり前のように会話に加わって、隣のテーブルですっかりくつろぐふたりの姿にぎょっとする。
「わ。や、やだ。いつからいたの」
「……“そうじゃなくて”の辺りから、かな」
「いるなら言ってくれたらいいのに」
「てめーがボンヤリしすぎなんだろ」
「ひどい」
承太郎の言葉を突っ撥ねようと抗議をするも、煙草をふかしてその視線ごと躱される。「悩みがあるなら、力になれたらと思ってね」なんて花京院は人当たりの良い笑みを浮かべてみせるが、話題が話題なものだから、できれば話を聞かないでほしい。
「ま、ま。そう言わず。嫌いあってるってワケじゃあねーだろうし」
見方を変えれば一連の元凶にも思えるポルナレフがカップを空けて席を立ち、去り際、おもむろに私を指してにやりと笑った。
「お前ら好きだろ。ナマエの“魔法少女”モード」
「え。え、なにそれ」
「ま、そういうことだから後は頼むわ」
「ちょっと」
「優しく慰めてやってくれよー」
後ろ手に手を振る背を追うつもりで席を立ったが、その逃げ足は速かった。頼んだきりで飲み忘れていたカフェオレをうっかり倒しそうになり、諦めてソファに座り込む。
「ああもう、最低。急に、何を言い出すのかと思ったら」
「そうだよね」と同意を求めるべく隣を見ると、どうも思っていた様子と反応が違う。居心地悪く目も合わせずに座るふたりの姿から、今の言葉がまったくの嘘じゃあないことが、なんとなく分かってしまった。
こうなってはもう、私だけではどうにもできない。動揺しすぎておかしなことを口走らないようにただ、なんだか熱くなってきた頬を抑えて、私は羞恥心の波が過ぎ去る時をじっと待つことにした。