クルーラー


 今も昔もイマドキの高校生ときたら否が応でもほぼ週6日、部活を詰めれば日程目白押しの外出を強いられてると言うのに一体何が悲しくて無いも同然の休日をボイコットしなければならないのか。などと、公言するなんてもってのほかである。こちらは多感なジョシコーセイで、持論と建て前の並列飛行すら出来ないようでは一般に言う一般的な女子高生らしい学校生活もロクに送れなくなるという暗黙のデスルール、全国共通の奇習があるものだから、あの繊細な人間関係の面倒臭さとは来るべき卒業の日までもうしばらくほど塵で固めたランデブーを楽しむ次第となっている。

「君の部屋、は」

 寝返りを打って目を開けた。対の壁際、黒色のまるい純朴な瞳が延々飽きずにこちらを見ていた。自慢のタテガミをむぎゅうと掴んで、寄せて眺めてからおもむろに抱えてみたり、だとか。感触は悪くないけれど、余所のおうちの匂いがしたり。

「さくらんぼにとてもよく似た香りがするね」
「へえ、初耳だ」
「どっこい。新手の嘘でした」
「それは残念」

 結構、期待してたのに。おうちの人が穏やかに笑う。
 シーツ面積の大半を一騎当千ミョウジ私設隊およびぬいぐるみたちの現地同盟軍らに占拠され、すっかり寝返った彼らの代わりに枕を抱き締め布団の隅で長身を縮める典明くんは事もなさげに文庫の字端へ向いていた。意識はあったつもりだけれど、どうやら眠っていたらしい。数分前に封切ったばかりの文書は既にページも中ほど辺りまで、消化が進んでいるようだ。
 読書があまり得意な方ではないものだから、典明センセイが読んでいる折々の本についてその一々を尋ねることはない。不躾に弁解するのなら、再三煩わしいこの無関心とは熱心な紙束に対するものであり、ちょうど今のように観察を試みる都度さして興味も湧かない書籍へ律儀に体を摺るのはああして伏し目に字を追う一途な彼との距離を詰めたい一心からくる行動なのである。

(なあんて、ね)

 知らないことが多すぎた。彼に寄り添うきらきら綺麗なナニモノかの話を信じたり、一緒に大きなチェリーの粒を摘んでみても、彼がゲームソフトとチェリー以外に好んでいるものや学校帰りに通う贔屓のお店があるだとか、詮索不精な私には、日常的な彼の姿を知る機会などやって来るはずもないのである。至って平均的な人数の近しい友人とすら必ず何処かでコミュニケーションが足りないものだから、その不精がどう転がって異性のベッドを嗅ぎ慣れ所有しているぬいぐるみに適当な名前をつけてまわってみるような性分にまでなれたのか。きっかけはともあれ現状を見るに、厚顔無恥とはまあ間違いなく私を指すに違いない。

「ライオンさんですよ。がおーがおー」

 典明はまったく呆れた様子で私を見る。

「きみ、年はいくつだい」
「同い年」
「知ってた」
「ところでこちらのライオンさんの名前はですね」
「やめなさい」
「やだあ私の貴重なお友達が」
「やめなさいったら、友達ならぼくがいるだろ」
「それもそうでした」

 ぬいぐるみさん自慢のたてがみを離した。それなりに強い力で引っ張っていたらしい典明が狭いベッドで真後ろに倒れて、ゴッ、と残念な音がした。彼の手にあるうちはどこか理知的に見えた文庫や栞やブックカバーがてんでばらばら適当に飛んでく様子はなんだかとても滑稽だった。遠慮なく笑い転げてからそう広くもないベッドに一緒になって寝転んで、きっと痛かっただろう頭の後ろをぐしゃぐしゃ撫でた。

「少し寝ようかな」

 満足したらしく私に欠伸をうつして、半眼で天井を見つめる典明が言った。

「今日のお昼寝はナマエがいるから新鮮だ」

 ベッドも布団も逆に使っておいて、今更新鮮も何もない。白々しいことこの上ない。

「でも、不思議だね。枕はこっちにあるよ」
「知ってる。さっきまでずっと抱えてたの見てたからね」
「見てたのか。ナマエは賢いなあ」

 逆さまのベッドに転がってあはあはと笑いあう私たちの姿ときたら誰がどう見ても軽蔑するほどの阿呆である。なのにこの阿呆な時間がイマドキの女子高生を擬態するに比べて遥かに楽しいったらないのだから、人の好みの基準は分からないというか、なんというか。

「典明」
「なに?」
「好き」
「ぼくも、だ」

 足元にあったぬいぐるみたちは邪魔だったので蹴飛ばした。そのうち何もかも面倒になったので、早々に考えることをやめにした。







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