26


 海のにおいをたっぷり吸って中途半端に乾いた髪は、指の通りも最悪だった。ギスギスうるさい毛先を丸める私にできるのは、つい今毛束にそうしたように部屋の隅っこに丸まって現状を見守ることだけだ。あいにく羊も留守にしていて話し相手も見当たらない。
 知らない人ばかりで居心地が悪い。これが思うより辛いものだとは。果たす役割の内容にしては贅沢に見える通信室も、大人数が快適に過ごせるようには出来ていない。わざわざ全員で来なくても、なんて過ぎたことを頭の中で呟いて、気を付けていても躓きそうな太いケーブルを目だけで辿って見渡した。あちこちに散らばるヤツらはみんな、机の上に鎮座するあの無愛想な通信機へと続いているようだ。無線の機嫌をとっているのだろう誰かの操作が進んでいるのか忙しない。一定の調子で続く機械のノイズがまばたき数回の拍子に重なって、けれど、間もなく全部、船底に潜む静けさに食べられていくような気がしたり。
 退屈だ。

(みんな、どうしてるかな)

 何か手掛かりは見つかったかしら。ひょっとしたら、もう敵のスタンド使いと戦っているのかも。この閉鎖的な空間でいつまでも待っているだけじゃあ、きっと、何ひとつ分からないままに違いない。何よりまるで私ひとりがサボっているような気がするのだから落ち着かない。しかもそれが事実なのだからなおのこと、

「どうして駄目なの!」

 非難めいた大声に飛び上がる。何が起きたというのだろう。見る限り、食ってかかった家出少女が原因のようだけど。
 船員のひとりが少女を叱った。

「危険だからだ!」
「だからって、こんな狭い場所じゃあ息が詰まるの!」

 家出少女は諦めない。「すぐに戻るって言ってるでしょ」と強い口調で言い切って、ノイズの湧き出す無線機に向かいびしりと指を突きつける。

「あの機械、早く何とかしなさいよ。うるさくて話もできないわ」

 まあ、そう言わず。きっと全員がそれなりに、ベストを尽くしているはずなのだ。この部屋の人達も、それから甲板にいる仲間のみんなも。
 隅の扉を盗み見る。どうやら出掛けるチャンスらしい。言い争いに背中を向けて、外へと繋がる隙間を抜ける。


**


「どこに行くの」

 船室を出てからすぐに制服の端を握られて、心臓が縮む思いをした。うひ、と恥ずかしい悲鳴も上げた。

「な、なんだ……脅かさないでよ」
「そっちが勝手にびっくりしただけでしょ」

 家出少女は口を尖らせる。

「置いてかれるとは思わなかったわ」
「よく出られたね」
「あんたの付き添いだって言って来た。
 見るからにトロいし、ボーッとしてるだけの脳天気な奴だと思ってたのに……意外とやるのね、あんた」
「あれ。抜け駆けしたこと、褒めてくれるんだ」
「褒めてない」

 「バカ」と私を非難して、少女は制服を引っ張った。甲板への出口とは方向が違う。

「え。ねえ、階段はこっちじゃ」
「いいから」
「でも」
「分かってないわね。黙って着いて来なさいよ。
 あんたの顔、ほんっとにヒドイんだから!」
「ひど……」

 おお、言葉のナイフや如何に。そりゃあ、自慢できたものじゃあない、とは思っていたけれど!

「初対面なのに、そんな……いくらなんでも」

 反論しながら引きずられ、通路の端まで運ばれた。家出少女が戸を開ける。

「あんまり、だ?」

 シャワールームがあった。

「タオルはここ。カゴはそっち。
 シャワーを浴びろとは言わないけどさ」

 タオルを一枚渡されて、指差す側に目をやった。

「その顔だけはキレイにしなよ」

 鏡に写る私の顔が、返り血まみれの酷い表情でこちらを見ていた。
 心臓が縮む思いをした。









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