松の内


 休暇に浮かれた同級の阿呆が「どうしてこうなった」だとかそういった趣旨の妄言を延々と繰り返しながら教室中を踊り狂っていたことを突然思い出した。
 自分は心のどこかで調子に乗りに乗った挙げ句に期末の及第点を取り落とし、先のような奇行に走ったあれと同じような心境にあるのだろうか。どうしてこうなった。あまり口当たりの良い台詞ではないなと思った。おれの記憶が正しければ、落第生は鬼と噂の監督の下、酷寒の追試対策に励む恒例行事があるはずだ。向かいに座ったナマエが聞いてもいないのに「寒いのは嫌だなあ」と答えて蜜柑の皮を放った。

「不条理だ」

 くずかごを外れて落ちた生ゴミはあいにくながら『星の白金』の射程外である。遂に自分のスタンドにさえノーと言われた作業を為すべく炬燵布団から渋々抜け出るナマエの尻には偶蹄目が勢いをつけて蹴ったのだとしか思えない奇妙な跡が確認できた。

「どうしたの」

 星を見に行くと出て行ったきりになっていた花京院が襖の隙からぬるりと戻って炬燵に収まる。うちの便所は随分冷え込んでいたようだ。

「手ぇ洗ったか」
「もちろん。ところで承太郎」

 神妙な面持ちで花京院が寄ってくる。

「なんだ」
「ナマエに何かあったのかい」

 この世の不遇を嘆く叫びは廊下の端まで届いたらしい。年の仕舞いに先駆けて発表し合った抱負を「来年も上手いこと生き延びる、なあんてね」などと体裁良く言ったきり湯で割った甘酒をかぱかぱと空け続けるばかりの花京院にも多少なり思うところはあったのか。
 寒い寒いと震えるナマエは健気にも炬燵へ潜る仕事で忙しい。捲れた綿入れの下から覗くヒツジ模様の腹巻きを眺め、おれは代わりに応える。

「尻が」
「ああ、そこはぼくも良いと思ってた」

 きりりと鋭く眉を寄せ、まずいところで遮られる。
 蜜柑がいくつも飛んで来た。



 しわ寄せは年の瀬にやってきた。何も告げずに家を飛び出してからふた月の後、絆創膏と湿布と包帯で真っ白になったぼくの帰りを両親は涙を流して喜んだ。という脚色をする余裕が出来たのだから、二度目のエジプトもそう悪いものじゃあなかったと捲れたままの羽織から覗くひつじの腹巻きを見ながら考えた。
 去年のぼくは来年の今日、一緒に年を越すような友人ができるだなんておよそ考えようともしないのだろう。ただいま、の次に、ともだちができたんだ、と言うだけで両親は泣いて喜んだ。脚色はない。そしてこの結末がどう転んだか、ぼくらは今日、再び明かりを囲んで特別な夜を共有している。思い当たる限りあらゆる意味で安心しきった両親は、次は自分たちがと言わんばかりに年越し旅行に出かけて行ったのだ。いつの間にか打ち解けていたナマエのうちのご両親と、ホリィさんと、奇跡のようなタイミングで帰郷したらしい、承太郎のお父さんと一緒に。

「凄いね。なんだか、話が出来過ぎてるカンジ」

 客間に荷物を置いたナマエは「今夜は親が留守にするの」と一言しおらしい真似をして、次にけらけらと笑った。

「まるでギャルゲーだ」

 ナマエはギャルゲーをやらない。



 家主がこたつから出ようとしない。

「ミョウジです。
 あっ。間違えました。空条です」
『えっ』
「え」

 じゃんけんに負けて電話をとった。受話器の向こうのポルナレフはよくわからない沈黙の後、それはもう間の抜けきった調子で『まじで?』と一言尋ねてきた。

「うん、まじで空条家」
『ええーっ!』
「うるさいなあ」
『お前、だってそれ、ええ、お前が学生結婚』
「ち、ちがう。違います!」
『えー』
「寂しい学生の年越し会、イン、空条邸、なんだから」

 『なんだ、つまんねー』と言われたので電話を切ろうかと思った。

「あ、」

 電話機の横に置かれた時計の針が、12時ちょうどを指していた。

「あけました!」
『おめでとうさん』
「どうも」
『ん。ちゃんとあったかくしてから来いよ』
「来い?」

 何のことだか分からない。聞き返そうと握り直した受話器を持つ手は腕ごと、高く挙げられた。

「俺だ」

 冷えた私の手を握り、家主はそのまま受話器の向こうと会話を進める。

「鳥居の近くだな。分かった。
 それからポルナレフ、お前――

 ごそりと耳を覆われる音で、話の続きは分からなかった。まるで事情を飲み込めず、急に暖かくなった首元を探る。

「冷えてるね」

 お気に入りのマフラーが巻かれていた。いつも私がするように後ろの決まったあたりで結び目を作り、巻き込んだ髪の毛まで丁寧に整えてくれた花京院はその手で私の顔をつついて遊ぶ。

「明けましておめでとう。ナマエ、カイロはひとつで足りるかな」
「ま、待って。もしかして出かけるの? 今から?」
「ナマエ」

 言っただろ、と電話を切った承太郎が吐く息は白い。

「これから“全員で”初詣だ」

 忘れたとは言わせねー、と笑われたもので、私は黙ったままだった。




(すてきな年になると思う)






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