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 ひどい目に遭った。確かにあれから後のことを全部ヒト任せにして勝手に気絶した私が悪いのだけど、いやそれにしたってきっとあんまりだ。遠慮も妥協も有り得そうにない羊の一発を食らってどんよりと痛む横腹の辺りをさすり、磯のにおいがきついスカートの裾を絞る。とんでもない量の海水が狭いボートの底に溜まって、跳ねた水滴がいくらか羊の方へと飛び散った。

「そんな顔したって、今更同じでしょ」

 いいーっと器用に右の奥歯を剥きだして怒るミネラル臭い羊をたしなめる。ついでに文句のひとつもつけてやろうかとして、やめた。こうしてどう言ってやろうか考えられること自体がツイてるんだ。やり方についてはこの際忘れて、起こしてくれた羊と、助けてくれた空条に感謝しないと。

(静かだなあ)

 それはもう、貨物船が目の前に並んでいるとはとても思えない。不気味だ。どうしてか、ここまで静かな中で口を開くと思うより、例えばちょうどそこで「やれやれ」と呟いた空条と普通に話をするだけでも、まるで叫ぶみたいに自分の声が波の間に響いてしまう気がする。

「おい、置いてくぜ」
「は。
 あ、今行きます」

 靴底が鉄板を叩く乾いた音に目をやると、女の子を抱えたジョースターさんが長いタラップのちょうど最後の段を踏んでいた。気付けば残っているのは私と空条だけになっている。すっかり自分の時間に入り浸っていたらしい。それにしても、なかなか。随分と気合いの入った“べー”だ。

「ねえ、空条」
「あ?」
「あの子に何かした?」


「ま、待って。置いてかないで」

 ここに独りだなんて考えたくもない。最後にもう一度ボートを見回してから、きっと小舟なんかよりずっと丈夫な鈍色の上へと飛び移る。
 濡れた靴はよく滑る。






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