22


 ひどい目に遭った。ずぶ濡れの身体は磯の臭いがとてもきついし、口の中はしょっぱいし、頭もまだ具合が悪い。なにより快適な船旅を台無しにされたことが腹立たしい。大好きな海の藻屑か鮫の餌にでもなればいいだとかそういったやり場のない悪態は口に出さることなくただ悶々と消えていく。言ってやるなアレはもう死んだじゃあないかといった趣旨が僅かに香るオブラートの塊を押し付けられることもなく一通りの苛立ちをぶちまけた後に海面の果てを見る。肌触りの悪そうな黒煙が折れたマストを飲み込んだ。胃袋の辺りに嫌な感じがしたと思ったら、件のオンナノコの片腕が突き抜けていた。これだから狭い場所は。

「ナマエ!」
「目を開けるんじゃナマエちゃん!」

 冷えた腕が転がっている。一行の中心で上半身を起こすようにして身体を支える空条が、依然動く気配のない青白い肌に貼り付いた髪をかき、要らなくなった水中眼鏡をずらす。両目はかたく閉じられている。呼吸はある。手当てをしたいが、ここではどうにもならん。畜生、さっきの船さえ爆発しなけりゃ。熱冷ましシートならあるぞ。冷やすか。冷やしてどうする。ここは温めるべきじゃあないのか。不本意ながら、埒があかないのだから仕方がない。すみません、すみませんねえ。うわ、なんだお前。わたしです。めえめえ。皆さん退いてください。危ないですよ。めえめえめえ。

「キミは」

 本体に寄り添うように座る花京院が目をまるくした。同様にして空条の視線も受ける。

「……どうした」

 やだなあ、どうもこうも。それを起こしに来たに決まっているじゃあありませんか。スタンドが本体のそばにいちゃあいけませんか。ああ大丈夫ですスグ終わります。目覚ましに頼るようじゃあいかんのですよ。自分の力で起きないと。ね。おかまいなく、結局どう伝えてもメーメー平和な鳴き声にしかならないのでちゃんと行動で示しましょうね。


「げふ」

 左前足の蹄が鳩尾に埋まって数秒。噎せ返りながら起き上がった本体の苦言には知らんぷりを決め込む。
 カモメがとんでる。いい天気だなあ。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -