08


 午前2時。
 自室に戻ろうと縁側を歩いていた俺は足を止めた。古い板張りの軋む音が消え、静まり返った夜の空気に混じる微かな声。

「ミョウジ」

 クラスメイトは随分ご機嫌なようだ。中庭に造られた池のほとりに屈んで鼻歌を歌い、時折泳ぐ鯉を覗き込む。

「どうした。迷子か?」

 だだっ広い家に突然泊まることになったのだ。不慣れなミョウジが迷ったとしても、おかしいとは思わない。

「上がって来い。部屋まで案内して」

 やるぜ、の3文字は引っ込んだ。声をかけて、ミョウジが振り向いてからせいぜい数秒。いつの間にか彼女は、俺の目の前に立っていた。
 白い肌が月明かりに映えて、無意識に視線が吸い寄せられる。

「……庭くらい、明日好きなだけ見せてやる」

 深く被り直した帽子の端からも、ミョウジの表情が窺えた。不思議そうに揺れる瞳の色は、

「!」

 驚き後ずさる“それ”を逃がさない。とっさに出したスタンドで細い手首を掴み上げた。

「テメー……ナマエに成りすまして、どういうつもりだ。DIOの手先か?」

 もがくのを止め、“緑の目をしたナマエ”はふるふると首を振る。

「じゃあ、なんだ」

 “放してほしい”とでも言いたげな表情に捕縛の力を緩めてやると、おもむろに片手を差し出された。
 手のひらに現れたのは。

「……ビー玉?」

 こいつは、ひょっとすると。

「ミョウジのスタンドか」

 肯定。そして驚いたことに、スタンド体は言葉を紡ぐ。


『せんせい、』
『なんで。羊はメリーちゃんがすきなのに、』
『きらいになったの?』

「……そいつはねぇぜ」

 解放され座り込んだ頭を撫でてやる。手荒に扱った後でも、説得力はあるだろうか。

「“メリーちゃん”も羊は大好き、だろうからよ。
だから早く、」

 アイツの部屋に戻ってやれと促すと、スタンド体は嬉しそうに何度か跳ねて姿を消した。


「――マザーグース、」

 板張りを軋ませ、自室へ向かう。

「シャレた真似しやがって」


 怯えるナマエの表情が、脳裏に焼き付いて離れない。






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