沈黙は白金
乾いた空気の肺を刺す痛みがちりちりと感じ取れていた。窓から覗く水平線は傾いでいる。
飛行船の不自然な降下が始まったのは夜も明けない夜のこと。「こんな時間に」と小言が混じったアニエスさんの合図にのって、乗客を救出するべく出動した。
「アニエスさん。メリーです。
船内確認、全員避難完了しました」
『カメラが確認してるわ。地上でハーミットパープルが誘導中よ』
明滅する通信デバイスを気にしつつ。どこかへぶつかった衝撃で剥がれたのだろう、船内の大きく破損した壁面へと歩み寄る。零れた明かりが点々と見える。
「このまま船体を海に向けます」
『了解。CMを入れるから1分間待機して』
「あー、了解」
通信を閉じた。船内、破れた空間の先には無気力に回るプロペラがある。こちら側と対にもう一基、両方動いてはいるけれど、トラブルの元は動力源に違いない。パワー不足で緩やかに高度が落ちている。
作戦がある。ガラスの柱をぶつけることで、こちら側のプロペラの動きを鈍らせる。止められるのはきっとほんの少しの間だろうけど、船の行く先が変わるきっかけになれるはず。
時間だ。
「それじゃあ、始めま」
突風。演出用の杖が吹き飛ぶ。船体が大きく煽られ次の瞬間、身体は空中に放り出された。
「や、やだ」
無気力に回るプロペラが、ある。
巻き込まれる。
いつまで待っても、バラバラになるような感覚は来なかった。痛くなるほど強く閉じていた目をゆっくりと開く。
「あれ」
知らないヒーローに抱き留められていた。
「あ、の」
プロペラと船を繋ぐ迫り出た機体が彼の足場になっていた。
どうやら助けて貰えたらしい。
「貴方は一体」
「話は後だ」
「でも」
「黙ってろ」
照明に光るフルフェイスがこちらを見下ろす。
「俺がやる」
**
「はあ。ほんと、突然なんだから」
シーズンが明けて最初の事件も騒々しいもので始まった。現場に急行する道中、バイクを運転する“スタープラチナ”の顔色をサイドカーから盗み見る。
先日の飛行船事故でヒーローとして初めて会った時と同じように、スーツの上からは何の表情も読み取れない。
なんとなく、やりにくい。
ずいぶん忙しい思いをした。クビにならなくて安心したけれど、まさかパートナーができるだなんて。
しかも顔を合わせてみれば、覚えのある人物ときた。
(恥ずかしい再デビューになったなあ)
抱きかかえられた状態のまま大画面に映ったことは記憶に新しい。顔から火が出るかと思った。前にもあんな風に助けて貰ったことがあるなんて、うっかり口を滑らせでもしたらオオゴトになる。
いや、ひょっとしたらもう手遅れかも。
「承太郎」
「……」
「“スタープラチナ”」
フルフェイスの前面が上がる。
「……何だ」
「頑張ろうね」
緑の瞳がこちらを向いた。すぐに逸らされる。
『ボンジュール、ヒーロー』
デバイスが鳴った。
『本番開始よ』
承太郎が息をつく。
「ナマエ」
「うん」
「掴まってろ」
すぐに現場が見えてきた。
(運命的な出逢いとは)