法皇は言った
靴底がビルの屋上を叩く、規則正しいリズムに重なる愛想のない無線のコール。
『メリー、犯人が倉庫地帯へ』
「補足しました、追跡中です――あっ」
人影は鉄の扉に消える。
「ええと、B庫に入りました」
『ならいいわ。他のヒーローも向かっているから、カメラが着くまで待機して頂戴』
「努力しまーす」
足を止め、即座に無線オフ。
「だが断る」
直接言えないチキンな私。越えられないヒエラルキー。犯罪者にはヒーローを、ヒーローにはカメラを、及びその向こうのスポンサー様を! みたいな。くやしい。
ただし例によって話の通り、単独での突入はいただけない。今回の犯人はNEXTの可能性が高いのだと、先程情報が回ってきたばかりだ。
(とりあえず隠れよう)
用事もないのにビルの上なんて、こんなところで目立っても。柵を越え生成した滑り台に飛び乗って、勢い良く宙に跳ねる。夜の帳が下りた路地、着地できる適当な高さから華麗に腕の中へ。
「あれっ」
仰向けの体勢、浮いた両足。ちょっと全体的に予定と違うものだから、思わずフリーズしたけれど。私を抱えているのって、
「一般人!」
「……はあ?」
慌てて下ろしていただいて、改めて確認。知らない人、マスクなし、スーツもなし。体格はハーミットパープル氏に負けず劣らず、見上げていると首が疲れる。
「駄目じゃないですか、こんなところにいたら!」
見たところ学生でしょ、と指を突きつける。実は私も学生なんだけどね、今はいいのよヒーローだもの。
「ここは私達に任せて、あなたは避難し――ん?」
テレビ局以外からの無線なんて珍しいな、会社の緊急指示かしら。とにかく早く逃げてねと青年に念を押し、通信をとる。
「ハーイ、こちらメリー」
『僕だよ』
「ハイエロファント?」
『グリーン。省略しないでよ』
「長いんだって。それより今どこ?」
『上』
淡く発光する緑のマスクが手を振って、振り返す間もなくひらりと飛び降り着地する。
「ナマエ、こんなところでどうしたの?」
「サラッと本名呼ばないでよ。
逃げ遅れた市民を見つけたから、避難するように言ったの」
辺りを見渡し、頷く。
「もう大丈夫みたい」
**
「罠だった」
「罠だったね」
固く閉じた鉄扉は、ぺたぺたと触ったところでびくともしない。私達は倉庫の中。閉じ込められてしまったのだ。
「私とハイエロファントで壊せないかな……」
「省略しないでって言ったろ」
ずいぶん厚そうだったから自信はないけど、2人なら。いや待てよ、B庫ってどこの倉庫だっけ?
「場合によっては賠償金が……」
「ナマエ!」
「だからー名前呼ばないでっ、」
真横の壁に鉄パイプが突き刺さった。
ぎょっとして振り向くと、倉庫内一面に広がる鉄パイプ。鉄板の破片、バールのようなもの。
「……ポルターガイスト?」
「じゃあ、なさそうだね。
たぶん“鉄を操る”NEXTだ」
手荒い歓迎だね、と肩をすくめた彼の周囲に緑の光が現れる。
「Ms.メリー、僕と“弾幕ごっこ”をしようよ」
「弾幕ごっこ?」
「日本のゲーム。
ちょっとルールは違うけど……浮かんでるアレをたくさん落として、犯人を捕まえた方が勝ちってことにしよう」
「これだから日本オタクは」
首を傾げるマスクの下は、きっと笑っているに違いない。
「……ハイエロファントってマスク被ると人格変わるよね。
アグレッシブだとか言われない?」
「どうかな」
生成される硝子玉を嬉しそうに弾き、緑のマスクは向き直る。
「さあ、お仕置きの時間だ」
(鉄に硝子って、私すごく不利じゃない?)