紅一点、魔術師と
うるわしバカラ、硝子の瞳は夜空色。
「グラスハートをだきしめて!」
中継が叫ぶ「ヨゾライロ」のフレーズ末、ポーズをとってカメラに台詞をキメる。静止2秒半。体感時間の長いことといったら!
『いいわよメリー、今から』
「あー、アニエスさん。
ちょっとマイクうるさいです」
無線の指示を遮ると、プロデューサーの苛立った相槌が大幅に絞られた。
『あと30秒でCMに入るわ。明けるまでに先回りしておいて』
「え、ちょっとハード」
『貴女が話を遮るからよ』
「ボーッとしない!」と無線が怒鳴った。
(視聴率オバケめ)
ただし的は射ている。“もしも”の時、スポンサーから音量以上に絞られるのは私の方だ。おーこわい。
ミニスカートをひらり。太股に巻いたバンドから、細工のきいた杖を抜き取る。見えそうで見えないチラリズムも忘れない。
残り数秒、杖先一閃。地上から高架へ届くガラスの階段を造ったところで中継ヘリは空に消えた。コマーシャルだ。
「さすがに、いくらなんでも、過剰演出すぎる」
綺麗なだけの棒きれを振り回しながら、私はせっせと階段を登る。
「現実とのギャップって、キツい!」
**
シュテルンビルトをはしる夜景の一端。ハイウェイは連絡通り封鎖済み。切れ切れの息を整えながら念のため、逃げ遅れた市民がいないか周囲を見渡す。
「おや、Ms.メリー」
奇遇じゃあないか。ひらひら手を振る鳥人間に深呼吸を挟んで声をかけた。
「マジシャンズレッド!」
「YES I AM!」
カメラがなくとも変わらないアクションは流石、プロのヒーロー。ご苦労様です。
「乗っ取られた装甲ヘリは、もうじきこの真上にさしかかる」
「そこを迎撃すると?」
猛禽類を模したマスクは頷いた。
「あれ、でも壊していいんですか?」
「すぐに許可が下りたよ。元々廃棄する予定だったそうだ」
なんだ、粗大ゴミ処理か。
「それじゃあ話は早いですね」
巻き起こる風に伸びる影。CM明けの合図は、プロペラ音にかき消される。
**
モニターに映った海面、水揚げされる金魚鉢。金魚の代わりはヘリの残骸。瓶詰めの模型をシェイクしたら、あんな風になるんだろうな。
広々としたワンルーム。脚を組み替えながら光る端末を手にとって、ソファの上で欠伸をひとつ。
「はい、ナマエです」
「え? ヒーローが増える?」
(職業ヒーロー、正社員)