四葉草の夜に


 “吸血鬼であること”を除いてナマエの特徴をひとつ挙げるとすれば、件の徹底した偏食癖こそが妥当である。
 このおれの血以外は口にしようともしない奇妙な美食家が今までどうして生き延びてきたのか甚だ疑問には思う。思いはするが。同様に、色気や妖しさなどとはまるで無縁の丸い爪先の無害な指で、どこかあどけなさの残る笑顔で手首の脈を探られる感覚もそう悪くはないものだとも考えていた。
 言いつけた用事はきちんとこなし、無駄に貼り付き媚びる様子も見受けない。常に一定の距離からDIOさまDIOさまと後をついて回る姿も部下というよりむしろ躾のできたペットのような感覚であったものだから、狭い額に芽を植え付けて繋ぎ留めるような真似はしなかった。偏食家のナマエはおれの存在があってはじめてこの世に、有り得るのだと。



 こんなつもりじゃあなかったんです。小脇に抱えた女吸血鬼は爪先の丸い無害な両指を所在なさげに絡ませて、窓際の主人に詫びると俯いた。

「美味しそうなにおいがしたものだから、てっきり」

 「DIO様だと思って」と女は呟く。割り当てられた宿の一室で、まず自分の名前を白状したあの時と同じ。つい同情してしまいそうになるこの哀愁は、DIOから滲むカリスマ性のように持って生まれた能力か、あるいはスタンド攻撃によるものか。いや、こいつに限ってそれは。そもそもこの女、ナマエには敵意や殺気と呼べるものがまるで無いのだ。DIOの配下でスタンド使いで、そのうえ吸血鬼のくせに。

(やれやれ)

 思い出す度に呆れてしまう。日が落ち薄暗くなった路地裏の角から「DIOさま!」と転がるように飛び出したかと思えば、『白金の星』を見るなり短い悲鳴を上げるのだ。こうしてカイロに着き少しでも多くの情報を必要としている今、容易く捕獲できたコチラ側としては助かるが――こいつにとっては最早、不運であるとしか。

「まったく」

 主人の憂鬱な溜め息で、床から十数センチほど離れた細い両足がぺたんと二つに畳まれる。

「お前というやつは」
「はひ」

 ゴメンナサイ、と蚊の鳴く声。DIOの恐ろしさを最も理解しているのはナマエのような部下達だろう。どれだけ忠実に仕えたところで、殺される理由はひどく、呆気ない。

(あの『正義』の使い手のように)

 あるいはナマエの白くて狭い額には、もう。


「さあ、」

 耳をくすぐる猫なで声は吐き気がするほど甘ったるい。ナマエの腰を強く抱えて、射殺すような視線を睨む。

「そいつを返せ」
「嫌だね」

 貴重な捕虜に訊きたいことは山ほどある。手放すつもりは毛ほどもない。
 それに、どうやら。

「てめーにナマエは渡さねえ」

 こうして触れているうちに、欲しくなってしまったらしい。




 あのひとからは、それはそれは甘い匂いがするのだ。私の偏屈な食欲をかき立てることができるのは、DIO様だけだと思っていたのに。こうして『世界』の力で月夜のもとに連れ出されなければ、今頃私はあのひとの前へ伏していたに違いない。そして彼の血ほしさに何もかもを捨ててしまうのだ。ああ、どうかそんなに近くで見つめないで、間違いをしてしまうその前に

「不出来な私を殺してください」

 私の身体を抱き寄せて、首筋に顔を埋めたらしい飼い主様は「馬鹿げたことを」と溜め息を吐く。

「お前はただ、このDIOの隣で生きていれば良いのだ」

 低く耳元で囁かれ、誘われるまま厚い胸板に額を預けて目を閉じる。

「ナマエ」

 次に名前を呼ばれるのは、きっとお屋敷に着いた時。





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「カステラ」文明堂様へ、相互記念品として送らせて頂きました承太郎くん+DIO様夢。
話の流れでDIO様寄りになりました。あらぬ方向に張り切って非常に不可解なことになっておりますが、大まかな内容といたしましては「大事に飼っていたペットが他人の餌にホイホイつられて嫉妬する飼い主」的な。的な……oh 取り合いっこされたい願望が見え隠れするものになりました。
修正等ありましたら受付させて頂きます。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。






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