午前10時のナツメヤシ
愛車のペダルを蹴る。チェーンが回る音を聞く。お気に入りの音楽プレーヤーは家に置いたままだから、退屈な通学中のBGMはそれだけ。敢えて挙げるなら鼻歌だけど、却下。気分が乗らない。
小石を踏んだ前輪が跳ねる。浮いたお尻がサドルに収まる。2限開始を指す文字盤に悪態をつくと、踏み込む進路に大きな背中が見えた。
「おーい!」
立ち漕ぎ数回、ゆるやかに追いついた長身を覗く。愛車の分だけカサ増しされた目線は少し高くて、少し近い。
「おはよ」
「おう。
――ナマエ?」
おまえ、と一言呟いて、承太郎は怪訝そうに目を細めた。
「学校はどうした」
「寝坊した」
鼻で笑われた。
「なによ。承太郎だって、こんな時間に!」
低速運転は予想以上にキツかった。いつもの高さに戻ったら、自転車はただの荷物になった。
「いつもの子達、今朝は出待ち損だったのね」
それがなんだか悔しくて、これ見よがしに言ってやる。
「知るかよ」
「あ、ひどい。昔はもっと優しかったのに」
「言うな」
紙箱を持つ手でぴしゃりと一発。数年前の話も嫌がるだなんて、これだから複雑なお年頃は。
(私が言っても説得力はないけどね)
「なに笑ってやがる」
「んー、ふふ。なんでもない」
歩く速度を落とす。距離の開いた後ろ姿に「ねえ、」と言葉を投げかける。
「私は今の承太郎もあいしてるよ」
ぴたりと足が止まったけれど、別段、何を言うわけでもなく。挨拶のキス程度に愛情表現を済ませた私はそれを気にするつもりもなくて、ようやく見えた鳥居にさっさとタイヤを向け直す。駐輪場はここを迂回した先だから、そろそろ愛車に跨るべきか。
「待て」
ハンドルを握る手を掴まれた。
「あれ、まだ何か――」
「行くな」
馴染みの緑眼を見上げる。逸らされた。睨んでいた訳じゃあ、なさそうだけど。
「どうしたの」
「煙草が切れた」
「なら、今から買いに?」
だからその、と。承太郎が言葉に詰まるなんて珍しい――なんて考える私の前で、深い溜め息を吐く彼は帽子に触れて俯いた。
「……近くに美味ぇアイス屋があるって話だ。
一緒に来るなら、奢ってやる」
「ほんと!」
「チョコとバニラが食べたいわ」とせがむ私を低く笑って、承太郎は自転車の向きを変えた。
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「ゆめぎわ」ユエ様へ、相互記念品として送らせて頂きました承太郎くん夢。
意識しているようなしていないような、絶妙な距離感が好きです。もっと言わせていただくと、その絶妙な距離感的立場にいるヒロインの一挙一動を意識してソワソワしちゃう承太郎くんが好きなのです。その辺りのどえらいアピールになってしまった気がしなくも、しなくも。
修正等ありましたら受付させて頂きます。今後ともどうぞ宜しくお願い致します。