メッセンジャーズB


 阿呆だとまでは言わないが、授業中でさえ紙切れ越しにやり取りを交わしたがるクラスメートを冷めた目で見ていたことは確かだ。そもそもリスクが高すぎるとは思わないのか。あの中途半端に端折った数式を書く中途半端な合理主義者の教師がこの迷える学生たちのお遊びを見たらどんな顔をするか、知らないはずはないだろうに。(書いてある内容を読まれるだけで、あの破壊力、他人事ながら)
 などと貶す傍ら、ああしてこの授業中の退屈を和らげている様子は羨ましいとも考えていた。要するに私は臆病なのだ。見つかった後のことなんて想像したくもない。机の上にそっと乗せられた紙片をしばらく眺めて、音を立てずに展開する。

『お昼はどこで食べようか』

 右隣に座る友人はこの手のメモでさえ几帳面になる。そのくせ自分のノートは平気で破る。何処かしらから切り離され、ただの落書きになった数学的記号の上に0.3ミリを走らせる。

『どこでもいいよ』

 黒板を向く瞬間が狙い目だ。すっと差し出された左手に、ごく簡単にへし折ったそれを乗せる。渡す瞬間に跳ね上がる、心拍数の高さときたら。年季の入った仏頂面が、今にもこちらを睨み付けてくるんじゃあ、ないかと。

『ナマエ、耳まで真っ赤だ』

 受け取ったメモには昼食場所の候補が少しと、短い文章。視界の端で一房、色の明るい長髪が揺れた。余計なことを。

『緊張してるだけ。分かってるクセに。
 承太郎にもきいてみる』

 名前を写して羅列して、『←どこがいい?』の一言を添えた。板書には解いたばかりの数式が再現されている。学校イチの不良の席が伝言ゲームをするには遠い最後列の窓際だからといって、尻込みする必要は今となってはどこにもない。私は選ばれし黄金の根性を持った学生のひとりだったのだから。
 仕事のにおいにつられて出てきたミツバチの、手入れしたての触角が跳ねた。




 公式に則るタイプに捻りを加えた練習問題が解ける頃。熱心な教師や勤勉な学生には視認できない小さな小さな相棒が、3列後から帰ってきた。芯を引っ込めたペン先で丸い頭をかりかりと掻いてやりながら、大事に抱えられてきた蜂蜜色の付箋紙を開く。

『どこでもいい』

(困ったなあ)

 これじゃあ丸投げも同然だ。いや、私も言えた口ではないけれど。まあいいか。今日は天気も悪くはないし、屋上あたりでお昼をしてもイイと思う。

『そういうことなので――

 ノートの切れ端が落ちてきた。きっと花京院からの返信だ。残った用紙を抱えるミツバチ2号は頭の上を旋回してまた忙しそうに飛んで行く。きっと承太郎と雑談のひとつでも始めたのだろう、よくあることだ。

『――屋上にしよう』

 同じ内容を2人分。盟友の宛名を書いたそれぞれを、消しカス団子の製造に励むミツバチ1号に引き渡す。フェードアウトする縞の模様をちらりと一瞬見送って、教科書の参考問題を注視しながら届いたばかりの紙片を開く。



 閉じた。私は何も見ていない。





(その席かわれ)
(いやだ)







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