砂漏奇譚


 ひと月。この屋敷を“ねぐら”に決めたわたしが住人に見つかった日もまた、月のない夜のことであった。満ちて欠けて、ちょうどひと月。思い返せばそう短くもないわたしの人生、星より多い引っ越し先。同じ数ある記録の中で、最短のそれを叩き出すことは容易ではない。詰まるところ、此処の使用人は実に優秀な人材であるわけだ。素晴らしい、すばらしい。首根っこを吊られた状態でそう思索してから更にひと月経過させると、漸く現在の時系列に合致する。隠れ住んだ期間と同じだけの時が過ぎ去ったが、意外なことに、わたしの住所は未だ変わらないままだった。
 一方で変化があったのは、当の住処に対する認識である。愚鈍な間抜けの住む屋敷が“わたしが今に至る所以”の潜む根城であったのだと理解した瞬間の驚き。かの邪知暴虐の権化が100年もの時を経て蘇ったと言われたところで、一体、誰が信じるというのだ。しかしそれでも、わたしには認めざるを得ない理由があった。初めて会うはずの館の主を、彼の部下より古くから知っていたのだ。忘れもしないあの新月の晩。他人の空似など足元にも及ばないその容貌は一世紀を過ぎて未だ衰えず、却って一層の艶やかさを増しているように思われた。

『これは、久しいな』
『ナマエよ』
『まだ人間をやっていたのか』

 侮蔑も僅かに滲む言葉が、風化した思考にひどく甘く響いた。意外だと思った。呼応するように湧き上がる情が、怨恨や憎悪のそれでなく、微笑さえ誘う追憶である、など。

『ええ、その節は』
『お陰様で』

 奇妙な縁とはこうもはっきりと実在するものか。
 しかし、不思議と悪くない。






 奇妙な縁とは果たして実在するものである。実例に事欠かない様からして、件の血統にも使いどころと呼べるものがあったらしい。一行の気配がちらと脳裏を掠めたが、折角の気分である。僅かでもあれに思考を邪魔されるなど。

(そんなことより)

 空のグラスをもてあそび、思い出したようにほくそ笑む。突然のプレゼントに年甲斐もなく喜ぶ様子はさぞかし滑稽なことだろう。しかしこれが喜ばずにいられるか、昔話に興じる相手が今頃になってできようとは、このおれでさえ、夢にも。

「ナマエ。こっちを向け」
「後にしてください」

 「イイトコロなんです、今」と付け加え、ナマエは隣で古書を捲った。ベッドの上をころんと転がって何やら独り言の後、白い脚を組み替える。
 艶やかな肌や細い肢体は昔のまま、纏う空気はまごうことなき100年前のそれである。おれの手で、おれの血でもがき苦しみ異形と化したあの運命の夜から一体幾日が過ぎたのか。人間にとっての所謂“永遠”を喰らっても、未だ衰えをみせない美しさはどこか標本や剥製のようである。が。

「あの、ちょっとDIOさま」
「なんだ」
「くすぐったいです」

 例えばそうして口を尖らせるように。このおれに愛しさを抱かせる芸当が、紛いものなどにできようか。

「仕方のない奴だ」

 もの言いたげな視線に素直に従い頭を撫でる手を引いた。満足げな笑顔は組み上がる前に静止、する。読みかけの本を押しやって、折れてしまうほど華奢な身体を抱き寄せ数秒もすれば、紅の目をまるくして驚く様を楽しむことができるだろう。退屈は人を殺すのだ。

「ナマエ」

 恐ろしいヒトゴロシから身を守るためだと屁理屈をつけて懇願すれば、彼女はおれに寄り添うだろうか。




(ジェネレーションギャップは存在するか)






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -