蒙昧の実
市場で最初に目に付いた、色鮮やかな紅の玉。最低限の余剰を削いで、山吹色を切り分ける。外装を以て一際映えるそれはまるで太陽の光のようで、無人の部屋でひとり素敵だと感想を述べた。
「ナマエ?」
「ん、おかえり」
盛り付けと同時に現れたのは本日のルームメイト。このタイミングで帰還するとは、実にツイてる。
「……戻ってたのか」
「さっきね。今ちょうど林檎を剥いたとこ」
食べるかどうか、なんて分かりきったことは聞かない。気だるく足を伸ばした私の傍ら、空けたばかりのスペースに彼が腰掛ける。それでソファは満席になった。
「うさぎさんのと普通のがあるけど」
「どっちでもいい」
私だってどっちでもいい。どっちでもいいのだけれど。ファンシーとは全く無縁の承太郎が、耳を生やした林檎を口に運ぶ姿というのもなかなかどうして興味深いものである。
要は選ばせる彼が悪いのだ。うさぎのおしりをさくりと刺して、この後の流れにほくそ笑む。さて、一体どこから食べるんだろう!
「あ、ずるい」
フォークは手から離れないまま、うさぎはあっさり無くなった。どこからでもなく、丸ごと、ひとくちで――ううむ。横着なのは、いけないと思います。
「ところでさあ、随分長いお散歩だったようだけど」
何処行ってたの、とフォークを振って問う私。じろりと睨む承太郎に気圧されて、「ごっくんしてからでいいのよ」と言葉を接いだ。やだ。ごっくんって、なんか。いやこれ以上は言うまい。
「――、」
こくりと喉が上下して、温い林檎の吐息が香った。
「その言葉。
そっくりそのまま、てめーに返すぜ」
「えっ」
「荷物も置かずに逢い引きなんてしやがって」
「あ、」
奪われたフォークがお皿の上に突き刺さる。串刺しの果実を持ち上げて、承太郎は目を細めた。
「そんなにあいつが好きなのか」
「……あいつ?
あの、花京院は――むぐ」
大きな欠片を押し込まれ、続きは言葉にならずに消えた。これがひとくちサイズだなんて詐欺じゃあないのと思ったけれど、切ったのは私なんだっけ。とにかく勘違いだよ承太郎、彼とは偶々会っただけで。私は
「まふ」
「食ってから喋れ」
ただしそれまで待つ気は無いらしい。ああ、こんなことになるのなら言われた通りチェリーにすれば良かったわ――なんて思ったところで後の祭りに違いはない。
さあ、どうやって説明するべきか。再び無人になってしまった部屋で私はひとり、ふたつめの林檎に手を伸ばす。
よく熟れた耳の白いうさぎは、見た目よりずっと酸味が強い。
(ねえ、一番喜んでくれるのはどれだと思う?)