タンデムカラー
自分の鼻歌で我に返った。
(なんてこった)
曖昧な記憶を辿る限り、結構な音量が出ていたはず。待ち時間が随分長いものだから、マス面を追うのに夢中になっていたようだ。私ひとりだったら別にどうということはない。勢いに任せてそのまま熱唱しても構わないんだけど、ひとりじゃなかったら恥ずかしいことになる。例えば、今。
「……えー、と」
さて。盤面と同色の瞳を伏す彼に、どんな言い訳をすればいいだろう。“今のはなかったことに”? は、駄目か。将棋じゃないんだから。
「ナマエ」
「うん?」
「逆だ」
「……ごめん」
駒を剥がして思い出す。
(私は黒の側だった)
場を濁すつもりが動揺していることまでバレてしまった。しまったものはどうしようもない。ベッドに寝そべる足を伸ばして畳んで考えて、どこに置いても一緒だったので「ここが、」と指された場所にぺたりと黒を配置する。
「みっつ貰いー」
挟んだ白を裏返したら、鼻で軽く笑われた。
「なによ」
「いや……素直な女は嫌いじゃあねーぜ」
「どういう――あ、」
ぱちん、置かれた白は盤の角。とったばかりの駒も纏めて一列ごっそり奪われる。
「謀ったな承太郎」
「さあな」
にやりと笑った口の端。短くなった煙草の先から覗く燃え殻が灰皿に消え、間もなく本日数本目――日付が変わった。本日最初の煙が立つ。寝煙草は駄目とケチをつけたら、寝てるのはお前だけだと返された。上手いこと返されたみたいで悔しい。
「うむ」
無難な一手で黒を増やして、 二度目の欠伸を噛み殺す。
「私が勝ったら、今日は終わりね」
「徹夜する気か」
「ひどい」
今度こそ大丈夫なんだから、とボードを睨む。
「……こっちに置けば逆転できるぜ」
「その手には乗らないんだから」
だからといって窮地の事実は変わらない。盤のほとんどを占める白、三隅を埋める駒の憎たらしさといったら。
「ひとつでいいから私のになればいいのに」
「ああ、そうだな。少しでいいから」
「少し?」
黒駒にはらりと灰が落ちる。
「……何でもねェ」
「えっ? でも今」
「おら」
「あ!」
最後の角に駄目押しの白。触れてもいない二列が流れるように反転したのは『星の白金』の仕業である。
「ひどい無駄遣いを見た」
「聞こえねーな」
言うなり煙草をもみ消し、さっさと離れた布団に入ってしまった。
「さっさと寝ろ。明日も早ェって話だぜ」
「今更言われてもね。
まあ、どうも。ご忠告ありがとうございます」
パンダ色の駒をケースに詰め込んで、後片付けは終わり。適度に頭を使った満足感と疲労に負けて、私はもそもそとベッドに潜る。
「承太郎ってさ」
「……あ?」
「まつ毛長いね」
咳き込む音がした。
(自分色に染めたい)