デッドエンド・アドニス


「この、DIOが」

 死合の終わりは一瞬、

「そうよ。あの、DIOが」

 最後の一撃は刹那。首元に向けた一刀の切れ味はとうに落ち、残る力を注いだにも関わらず裂かれた布の途中で止まっていた。しかしそれで構わない。刃は十二分に埋もれている。かつて何度も、いっそ柄ごと買い換えてしまおうかと思ったことがあるのだ、が。結局、新調されることなく私に尽くしてくれた。ひどく愛しいそれに、もっと血を吸わせてやるべきか。けれど、満身創痍の自分には、もうその余力さえ。

「――」

 飛び込んだ懐の中、視線だけを走らせる。こんなに近くで顔を見るのは最初で最後。無言で目を細める様子は、どこか微睡んでいるようにも。それでいて、瞳だけは紅く妖しく輝いているのだから恐ろしい。

(それを、私が)

 死の際は唐突に訪れるものだと誰かは言った。これがかの因縁の吸血鬼だと云うのなら、あまりに呆気ない。かといって、この甘ささえ感じる虫の息の主が偽物だと言えるのか。
 ああ、もうよそう。長引いた戦闘ですっかり疲れてしまった。帰ろう。帰って諸君に言ってやるのだ。見たことか、奴は女の細腕よりも弱かった。臆する必要なんてなかったのだと。

 重い左腕を持ち上げる。どんな興味が湧いたかは知らないが、唐突に、もう一度だけ彼の瞳を見たいと思った。
 モノクロになりゆく世界で、あの赤はどう映るのか。





 ほんの少し弄んでから叩き殺してやるつもりでいた女は、未だ原型を留めた状態でこの胸にあった。刺突を寄越した時には確かに爛としていた目は曇り、微かな呼吸は不規則。
 なるほど。どう“上手くやった”かは知らないが、部下の誰にも見つかることなく此処まで来ようとは。ジョースター一行が仲間に引き入れただけのことはある。しかし惜しくも少々、無鉄砲が過ぎていたようだ。

「何故、仲間と共に来なかった」

 血に塞がれていない側の瞼が重く動き、黒い眼差しがかち合う。もはや聞こえてもいないのか、あるいは乾いた喉の音が答えの代わりか。いずれも憶測の域は出ず、ただ首筋の違和感だけが煩わしい。いとも容易く抜き取れた、万年筆に近い形状。鉛の刃先が不釣り合いに思える特徴的なナイフ。皮膚をなぞったソレの魂とも言える鈍色は、中央で二つに折れていた。

「……ミョウジナマエ、と名乗ったか」

 前髪が揺れ、益々虚ろになった表情が垣間。操り人形のように左腕が伸ばされたが、先のないそれでは触れることも叶うまい。崩れ落ちる身体を支え、噴き出す血で汚れた頬を拭ってやると、ナマエはすぐに事切れた。

 敵ながら苦笑が漏れた。覚えておこう、不要な正義感に駆られて犬死にした女がいたことを。

(奴らが知ったらどんな顔をすることか)


 食事の時間には、まだ。




(とんだ茶番)






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