自分の家の前で途方に暮れたように佇んでいる男を目にして、私は持っていた荷物を危うく落としそうになった。彼の姿はまるで家から締め出された子供のように心もとない。私は、こんなに遅くなるまで飲み会に付き合ったことを今日ほど後悔した日はないと思った。

「銀さん…?何してるの、こんな所で」
「はは…、久し振りの再会だってのに、酷い言い草だな」

 彼は私に気づくと殊勝に笑って見せたが、それは到底見られたものじゃないほど弱々しい笑みだった。顔色も明らかに血の気がない。確かに彼と会うのは久し振りだったが、それを手放しに喜べるような状態じゃ無いことは明らかだったので、私はとにかく彼を家の中に招き入れた。

「手当てするから、そこ座って」
「…あー、いい、大したことねえから」
「駄目。座って」

 彼が怪我をしているのはすぐに分かった。そして彼の言葉が信用ならないことも分かっていた。見れば一応、一度は手当らしきものをした跡があったが、手当の後もう一度傷が開いたらしく、最早それは役目を果たしていなかった。私は有無を言わせず彼を座らせ、救急箱を取ってくると着物を脱がせて出来る限りの処置をした。こんなことをするのは随分と久し振りだったが、昔叩き込まれたものは存外忘れないものだ。手がある程度勝手に動いていく。
 脱がせる過程で銀さんは何か気まずい思いでもあるのか、「随分積極的だな」とか「汚れるぞ」とか何とか言って茶化そうとしているようだったが、私がそれらを全て無視して押し黙ったまま作業を続けていると途中からは観念したように何も言わなくなった。幸い傷はそこまで酷いものはなく、そう時間も掛からずに手当ては終わった。

「……何か、私に用があって来たの?」
「まあな…ちょっと、確かめたくなった、つうか」

 何を、と訊いても彼は笑うだけで答えなかった。彼くらいの手練れなら、その気になれば私に気付かれることなく一から十まで何でも把握出来るだろうに、こうしてわざわざ足を運んでまで確かめたかったこととはなんだろうか。

「…会えなかったら、それはそれでいいかと思ったんだけどな」

 彼はそんなふうに言いながら、私の髪を壊れ物にでも触れるかのように優しく撫でた。何がそれでいいのかも、結局彼の目的が果たされたのかどうかも私にはよく解らなかった。ただ彼が何か酷く弱っていて、いつもの巫山戯た空気というか、超人然とした勢いみたいなものを全て何処かに置いてきてしまったらしいことは確かだった。
 彼をとにかく抱き締めて、温めなければいけないような気がして、私は傷に障らないように気をつけながらそっと彼の背中に手を回した。私の突然の行為に驚いたのか、彼がぴくりと身体を強張らせる。それから少し力が抜けた頃、彼が「…やっぱり来て良かったよ」と小さく呟いたので、私は危うく泣きそうになった。彼の体温は相変わらず少し低い。


雨の降る前の日
20141019
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