初めて入ったハルさんの部屋には、空になった酒の容器が山のように放置してあった。机の上には仕事用のノートパソコンと、僕には何だか分からない会社のものであろう書類、ついでにビタミン剤のボトルまで置いてあって、僕は垣間見得た彼女の食生活に眉を顰めた。
 まったく、人のことには散々口を出すくせに───こんな生活してるから馬鹿みたいに細っこいんだ、この人は。

「散らかっててごめんねー?」

 そうは言いつつも、その散らかった部屋を男に見られることにはなんの抵抗もないらしい彼女は呑気な口調で何か飲むかと聞いてきたが、この家に酒以外の飲み物はあるのだろうかと些か疑問に思った僕は返答に困った。
 そんな僕の反応に彼女はからからと楽しそうに笑ってみせる。ちらりと見える八重歯が彼女を少しだけ幼く感じさせるから、なんとなく緊張していた僕は少しだけ安心した。

「大丈夫、紅茶とかコーヒーとか、普通にあるし。あ、別に飲みたいならお酒でもいいよ?」
「…いえ、それは……、紅茶をいただいても?」

 男と女が二人きりだっていうのに、むしろ女性の部屋で、平然と酒を勧めるってのもどうなんだろう。いや、彼女が飲むというなら僕は全然構わないけれど───…って、それ以前にこれはもしかして僕が、男として見られてないとかそういうことなのだろうか。

「もちろん。バーナビーは、ミルク?レモン?ストレート?」
「…ミルクで」
「ふふっ…イメージ通りね」

 なんか可愛い、と笑われてじゃあストレートで、とムキになって言い返すと、彼女はまたからからと喉を鳴らした。なんだってそんなに無邪気なんです、貴方は。その無邪気が一番手強いんだと知っていますか。
 ねえ、分かっているんですか、僕が今、このハルさんの匂いに満たされた部屋でどんな気持ちでいるのか。分かっているんですか、いくらヒーローだって、健全な青年男児なんだってことを。それとも、僕を試しているんですか、ねえ、ハルさん。

「…ハル、さん」
「ん?」
「……あの、」

 ああ、神様───。憎らしいほど可愛らしく小首を傾げているこの女性に、僕は手を伸ばしてもいいのでしょうか。もしかしたらこれからの長い時間を彼女の側で過ごすことができるかもしれないと、期待していてもいいのでしょうか。僕のこの想いを、伝えることに意味はあるでしょうか?


きみは水彩のリコリス
20140322
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