―――ああ、ついに、やってしまった。
 人間、溜め込むものを溜め込み過ぎればいずれ限界というものがやってくる。限界がやってくれば爆発する。自然の摂理だ。そして俺は今まさに、溜め込んできたものを爆発させてしまった。

「…ハル、さん」

 夜、明日の朝食の仕込みをしていた俺に、強めの酒が欲しいと笑ったハルさん。作品作りが終ったことを祝して女三人で飲むのだろうとグラスを三つ渡そうとしたところで、二つでいいと微笑まれて、俺は一瞬固まった。
 ロビンちゃんとナミさんどちらか一方と、ということは考えづらい。その二人と俺以外で、彼女と酒を飲める人物なんて一人しかいない。どんな馬鹿でもすぐに思い至ることが出来るだろう。

「…手、痛いよサンジくん」

 衝動的に壁に押し付けたハルさんは、極めて冷静にそう言い放った。反対に、俺は彼女のそんな態度にどんどんと頭に血が昇っていくのを自覚する。彼女の両手首を掴んだ手の平には力がこもる。

「…っ…行かせねェ、」

 怒気の滲んだ低い声には自分でも少し驚いたし、女の子に何をしているんだ俺は、と頭の隅では思う。それも、本来ならば誰よりも優しくしなければならないはずの女の子に。
 でも、止められない。身体の中で、怒りとも嫉妬ともつかない感情が、血液を沸騰させているようだった。

「…サンジくん、」
「行かせねェよ、…こんな時間に、他の男のところになんか」

 今の俺に、こんなことを言う権利がないことくらい解っている。こんなのは紳士の風上にも置けない行為だ。それでも―――それでも、言わずにはいられなかった。俺がどれだけ必死なのか、どれだけハルさんに惚れているのか、ハルさんは解っていない。それがどうしようもなく悔しかったのだ。

「……ハル?遅ェぞ、なんかあったか」
「!…っ…」
「…がっ…!」

 唐突に一番聞きたくない声が聞こえた、それと同時に感じた鳩尾の痛みに、ああまた蹴りを食らったのだと理解する。今日はこの前の二の舞にならないようちゃんと警戒してたってのに、あいつの声に気を取られた瞬間コレだ。
 見事にぶっ飛ばされた俺に、顔を覗かせたマリモが怪訝そうに眉を顰めた。うぜえ、死ねクソ野郎。全部お前のせいなんだよ。

「……あ?何してんだお前?」
「…知らない、…ごめんゾロ、行こう」

 知らない?知らない、ってのはいくらなんでも酷いだろう。なあ、他の野郎の名前なんか呼ばないでくれよ。畜生、どうしてそいつの腕を持つんだ。どうしてそいつの隣に行ってしまうんだ。―――どうして、振り返りもしないんだよ。


Love is the irresistible desire to be desired irresistibly.
20120123
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