「…四木、…離して?」

 この濡れたような瞳に至近距離で見上げられた男の心情なんて、彼女にはきっと想像もつかないんだろう。大体、そんなふうに言われて離してやる男がいるとでも。

「いいえ」
「…え、…?……っきゃ!」

 耳の奥で響く高い悲鳴も、弱々しく肩を押し返してくる細い腕も、困惑した色を浮かべて濡れた瞳も、僅かに残る理性をぐらつかせる材料でしかなかった。
 組み敷いた彼女は、どうして、とでも言いたげな顔で俺を見ている。このお嬢さんはどこまでもこの俺をいい人だと信じているらしい。その事実が余計に神経を逆撫でする。思い知らせてやりたくなる。それが勘違い以外のなにものでもないことを。

「…お嬢…、今日はどんな覚悟で来たんです?…私の、部屋に」
「ど、んな…って」
「男の部屋ですよ。それも貴方より数倍強い男の」

 ぐい、と首筋に唇を寄せると、彼女の身体がびくりと強張るのがわかった。密着することでより強調される、自分よりも明らかに華奢で柔らかな身体。それは女のものだと実感せざるを得ない身体だった。同時に彼女も感じているだろう。俺の身体と自分の身体の明確な違いを痛感しているだろう。

「ほら…、抵抗しなくていいのか」

 服の下にゆっくりと手を滑り込ませながら、わざと口調を崩して耳元で囁くと、ハルは顔を赤くしてぎゅっと目を瞑った。俺の手の動きを阻みたいのか、手首を掴まれたが、その程度の抵抗じゃ仕方がない。
 捲れたシャツから覗く彼女の肌は新雪のように真っ白だった。踏み荒らしてやりたいような、汚してやりたいような気分を煽る白だ。この白い肌に痕を付けたい。彼女が自分のものであるという痕をつけて、彼女の身体を他人には見せられないような身体にしてやりたい。自分の中にある、今まで感じたことのないほど強烈な嗜虐心に俺は心の中で苦笑した。

「…しない、よ」
「…?」
「抵抗なんて、しない…」

 凛と空気を震わせた彼女の言葉の真意が分からず、俺は彼女に手首を掴まれたまま臍のあたりを撫でていた手を止めて身体を起こした。焦げ茶色の濡れた瞳に自分の姿が映る。───ハルは、微笑っていた。

「だから、…好きにして、四木」
「…お嬢、…?」
「私、どうにかされるなら、四木がいいの。四木じゃなきゃ嫌」
ずっと前から、そう思ってたよ。

 彼女の言葉を咀嚼した瞬間、どくりと身体中の血管が開くのを感じた。その間に、彼女に掴まれていた手首が彼女によってより上へと誘導される。なるほど、いつまでも彼女をいい子のお嬢ちゃんだと勘違いしていたのは俺の方というわけか。
 手の平に感じる滑らかな肌の感触。捲れていくシャツと、その下で更に露わになっていく白い身体。そして指先にブラジャーの硬いワイヤーがあたって───ああ、喉が渇いている。どうしようもなく。この渇きに与えたのは、ハルだ。俺に気付かせたのは、ハルだ。

「…っくそ…、」
「ねえ…どうにかして、四木」
「…言っとくが…俺は、加減の仕方なんざ知らねえぞ」

 畜生。望み通り、どうにかしてやる。


Oh my god, let it be.

20130826
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