日暮れ刻に買い物から帰ると、派手な着物に笠を被った男が家の縁側に佇んでいた。

「……高杉、さん…」

 彼の来訪はいつも突然だ。ついでにいえば、彼がうちを訪ねてくるのは決まって陽が落ちた後だったし、彼は夜が明ける前に去って行くので、まだ陽のあるうちに彼と会うのは初めてだった。
 彼は何も言わずに私の方へ一瞥をくれてから、ゆっくりと茜色の空を仰いだ。闇夜に浮かぶ彼の姿はあんなに凛として見えるのに、こうして夕陽に照らされる彼はどうしてこんなにも私を心細い気持ちにさせるのだろう。

「……あの…、夕餉はもうお済みですか?…それとも、湯浴みでもなさいますか」
「…ふん…、…いいから来い」

 そう言われるまま彼のもとに静かに歩み寄ると、先ほどまでは感じなかったほんのりと甘い紫煙の匂いがして何とも言えない気持ちになった。少しして彼が漸くこちらを振り向き、眩しいものでも見るかのように目を細める。

「…見ねえうちに、髪が伸びたなア」

 高杉さんが何とも彼らしくない台詞を吐いた直後、涼やかな風が私と彼の間を通り抜け、すぐそこまで迫る夜を知らせた。気付けば空も最早赤みを失い、瓶覗色を見せている。私はその美しい色のもと、不思議な力に包まれたような心地で彼と対峙していた。

「…そう、でしょうか。その…自分ではあまり、」
「ああ。…随分伸びた」

 立ち上がった彼が私の髪に手を伸ばす。手櫛を通すその掌が優しくて、私の心はざわめいた。今日の高杉さんはいつもとどこか雰囲気が違っている。この人は女の髪の機微などに気付くような人だっただろうか。この人は静かに日暮れを眺めるような人だっただろうか。そもそも、この人は誰かを待つような人だっただろうか?
 彼が今まで何をしてきたのかも、これから何をするつもりなのかも、私には欠片も関係のないことだと分かっている。だけどこんな、母親に縋る子供のような彼を見たら切なくなった。堪らなくなった。

「…高杉さん…、」

 今にも泣き出しそうな声で彼を呼ぶと、高杉さんは仕方ないなというようにふっと笑みを零した。そうして私の耳を撫で、頬を撫で、最後に唇を撫でてから、彼はその手で自身の笠を被り直した。

「…悪いな。…もう行く」
「…っ…どうか、お気をつけて、」
「…ああ」

 ───誰にも見られない死に場所を、きっと彼はもうずっと探し続けているのだ。いや、もしかしたら、彼はもうその場所を見つけてしまったのかもしれない。そう思うと哀しかった。
 たった一度でいい、一言でいい。俺と来い、とそう彼が言ったなら、それだけで私は今ある全てを投げ出して彼についていける。だけどそれが叶うことはないと分かっているからせめて、こんなふうに一人残されるくらいなら、いっそ貴方に殺して欲しかった。


Take me away, right now.

20130606
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