ふ、と唐突に目が覚めて、すぐにがばりと上半身を起こした。横に伸ばした手で触れたシーツは既にひんやりとしていて、彼女がベッドから抜け出していくらか時間が経っていることが判る。確かに隣にあったはずの温もりが跡形もなく消え去っていたことに、寒くもないのに無意識に背筋が震えた。

「……なまえ?」

 ぽつりと零した彼女の名前が、虚空に響く。いや、落ち着け。ただリビングに水を飲みに行っただけかもしれない。そう思ってサイドテーブルの眼鏡に手を伸ばしたところで、まだ中身の残っているペリエのボトルが視界に入った。焦りを増幅させる自分に何度も落ち着け、落ち着け、と言い聞かせるように繰り返しながら、引っ張り出したスラックスだけの姿で部屋を出る。
 彼女が僕に黙ったまま、僕を置いていくようなこと、ありはしない。そう信じたいのに、リビングのドアを開けるのを、僕は一瞬だけ躊躇った。ベッドルームからここに来るまで、人の気配がなかったから。つまり、もし彼女がこの先にもいなかったら。

「…バーニィ?」

 嫌な音を立てる心臓を落ち着けるように軽く息を吐いてドアを開ければ、そんな不安を一瞬で消し去る優しい声が鼓膜を揺らした。大きな窓から外を見ていたらしい彼女は少し驚いた顔をしていたけれど、それでも、確かにそこにいた。

「おはようバーナビー…朝焼け、綺麗だよ」

 うっすらと淡いピンクに染まった街を背にして柔らかく笑うなまえ。再びその愛しい声で呼ばれた僕の名前は、じわりと身体に染み渡っていった。
 何も言わず固まったままの僕に、彼女が窓から離れて近寄って来る。僕の頬に触れようと伸ばされた指先と同時に、バーニィ?、と三度目に鼓膜を揺らしたその響きに、気づけば腕ごと彼女を引き寄せていた。

「なまえ、…」
「…バーナビー…?」

 零した声のあまりのか細さが少し恥ずかしかった。彼女の声にも、戸惑いが混じっている。けれども僕は、抱きしめる腕の力を緩めることはできなかった。少しでも緩めたら、震えてしまいそうだったから。そんな情けない姿を見せたくなかった。

「……なまえ…」

 どこにも行かないでくれと言いたかった。僕を独りにしないでくれと、子どものように彼女に泣きつきたくなった。でも何かが喉につっかえたように言葉は出て来なくて、僕はただ彼女を抱きしめる力を一層強めた。
 ほんのりと甘い香りのする首筋に顔を埋め、昨晩のキスマークに重ねるように吸い付く。なまえは何も言わずに僕の背中に手を回し、跳ねた髪を弄んでいるようだった。そうして、ゆっくりと顔を上げた僕に、彼女はふわりと優しく微笑む。

「…ね、私も付けていい?」
「…はい、もちろん」
「ふふ。これでバーニィは私のものだね」

 こんなときだけ都合良く神に祈ったりしないけれど、僕はそれでも、彼女に出会えたことを、彼女が僕のそばにいることを、愛しさだけで泣けることを知ったことを、何かに感謝せずにはいられない気分になった。

あの星が見えるか
20120111

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