いつ爆発するかもわからないものを、無理矢理水面の下に押し込めたかのような危うさが、周囲の空気に漂っていた。

「…どういうつもりです」

 二人きりの時には崩してくれるようになった敬語が、怒りを露わにした彼の口から発せられるときほど怖いものはない、と思う。けれどその口調こそが今は、怒りに身を任せたい彼の、最後の理性なのだろう。
 私の手首抑えつけるユーリの手は震えていて、月色の瞳は今にも青い炎を纏いそうなくらい怒りに燃えていて。彼は、身体の内をのたうち回る激情を必死に抑えこんでいるようだった。

「……ごめんなさい」
「…私が謝罪を求めていると?」

 ぐ、と強まった力を手首に感じて喉から小さな悲鳴が漏れる。痛みに思わず顔を歪めた私を、彼は表情も変えずに見下ろしていた。目の前の瞳に滲む彼の不安を溶かすことも、彼の哀しみを薄めることもできないなんて、私はなんて非力なんだろう。

「私には、ユーリだけだよ」
「…ならばなぜあの男に笑いかけた?…なぜ?」

 けれど、なんとか絞り出した私の言葉は、どうやら彼の最後の理性を壊すのには十分だったらしい。掴まれたままの手首がみしりと音をたてる。痛覚が麻痺したのか、そこに既に痛みはなかった。
 彼の感情が発露する瞬間を見るのはこれで何度目だろうか。苦しそうに吐き出されるそれを見る度、私の胸は焦げ付くような痛みを覚えた。

「…私は、…ユーリだけが好き」

 それはもちろん嘘じゃなかった、だからこそそう言うことしかできないのに、目の前にある血色の悪い唇は怒りにわなわなと震えたままだ。彼の眉間には深く皺がより、瞳の奥には冷えた炎が燃え盛っていた。
 これがもはや嫉妬と呼べる範疇にないことはもちろん理解できている、けれど これが彼の愛でなくてなんだというのだろう。彼の嫉妬深さは正しく私への愛の深さじゃないか。

「……では、私の罰を受けますか…?」

 ユーリの幾分柔らかさを取り戻した声音に、私は何も考えることなく首を縦に振っていた。こんなにも熱くて、深くて、激しい感情を突きつけられて、私にできることなんてそれくらいしか見つからない。
 私は心のどこかで、いや全身で、彼から与えられる罰を待ち望んでいるのだ。それこそが彼の確かな愛なのだと、分かっていたから

未完成だとは知っていた
20111022

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