「や、やめろってなまえ、…いい加減にしねェと、まじで怒るぞ」
「……ふうん」

 口ではそう言ったって、彼はきっと本気では怒らない。今だって、彼が本気を出せば私なんか簡単に払いのけられるはずなのに彼は決してそうしない。
 女性に乱暴をすることが憚られるのか、それとも私を拒絶することに躊躇いがあるのか知らないが、結局のところ虎徹さんは残酷なほどに優しい人だった。そして私は、その優しさにつけ込むことしかできないとんだ卑怯者なんだ。

「…ふうん、ってなァ…」

 押し倒した下にいる虎徹さんは困ったように眉を下げている。無理に浮かべようとした笑みのせいで口元は引き攣っていた。これがヒーローだなんて言えないような、なんて情けない顔だろう。

「怒るならはやく怒らないと、…私、調子乗っちゃうよ」
「ちょ、おい…っ」

 ぷつんぷつんと彼のシャツのボタンを外しながら首筋にキスを落とす。シャワーも浴びさせずに押し倒したからか、彼のコロンに混じって男臭い汗の匂いが鼻を掠める。
 はだけさせたシャツの下に手を滑り込ませれば、上質な筋肉の感触。くしゃりと大きな手で髪の毛を乱されたのを感じて顔を上げると、彼はなぜだか申し訳なさそうな顔をしていた。

「……嫌なら殴ればいいのに」
「…んなことできねェだろ…っ」

 今にも泣きそうな顔、だった。力無く眉は下がっていて、茶色い瞳は心なしか潤んでいて。でも、そんな顔したって止めてなんかあげない。貴方の優しさはただ自分の首を絞めるだけなんだって早く気づけばいいんだ。

「…あっそ、」
「っ…や…めろ、って…!」

 鎖骨のあたりに吸い付いて、更に下へ唇を滑らせようとした途端、ぐいんと視界が大きく回る。背中に受けるはずだった衝撃は目の前の男の力強い腕によって回避されたらしかった。
 そのままゆっくりと横たえられて、形勢は逆転。…ほらやっぱり、貴方が本気を出せばどうとでもなるんじゃないか。

「…怒った?」
「……いや、…泣きそうななまえ見てたら、興奮しちまったんだよ」

 どうしてくれんの、と笑みを作るように目尻を下げ、口角を上げた虎徹さんの眉は未だ下がったままで。私の頬を滑る指先の、この優しさに飼い殺されるなら、それでいいと思った。

「…もちろん、責任はとるつもりだよ?」


濁った先が見えない
20110928

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