駆け引きをするのは得意な方だと思っていた。もちろん自分に直情的な部分があるのは認めるけれど、女性関係の話であれば特に、相手の余裕を先に奪う自信があった。
 なのに 彼女を相手にするとそう簡単にはいかせてもらえない。どんなふうに仕掛けたってふわりと極上の笑みを見せつけられるだけなのだ。その笑みを見る度に俺は、胸を掻き毟りたくなるほどもどかしくなる。

「サンジくん、」
「はいはい。できてますよ、レディ」

 聞こえた可愛い声に、準備していたホットミルクをコップに移して、温度を確認。横目に見た彼女は風呂上がりなのか頬が少し赤くて、髪もまだ湿っていて。畜生、色っぽいんだよなこれがまた。

「ふふ、流石だね。サンジくんはきっといいコックさんになれるよ」
「…んー?…もういいコックのつもりだけど、な」

 くすくすと笑いながらそうね、と頷く彼女をテーブルまでエスコートして、どうぞと温かいコップを手渡した。鼻孔を擽る仄かな香りも陶器越しに感じる温度も、甘すぎず熱すぎず我ながら完璧だ。俺の把握する彼女の好みど真ん中をついた、この人のためだけの特別なミルク。

「ありがとう」

 受け取ったコップに嬉しそうに微笑んで、温度を確かめながらコップに口をつけ、こくりと喉を鳴らしたそのあとで、幸せそうに笑うその顔が、堪らなくイイ。そんな顔をさせているのが、自分の手で作り出したものであるという事実がまた、俺を自惚れさせるのだ。
 いつもより気を緩めたような顔と雰囲気に、彼女のこんな姿を知っているのは俺だけであって欲しいと、柄でもなく願ってしまう。彼女の存在は、惚れた欲目も相俟って、それほどまでに魅力的だった。

「…んー、サンジくんって天才」

 俺の作ったものを咀嚼してうっとりとそう零す彼女に肌が熱くなった。光栄です、とふざけるように頭を下げれば、本気で言ってるのにとむくれるところがまた可愛い。そう、可愛くて可愛くて、綺麗で。指先の、いや全身の細胞が、彼女に触れてみたいと騒ぎ出す。熱くなるばかりの衝動が、皮膚の内側が焦げつくようだった。
 その誘い過ぎない胸元に吸いついたら、その陶器のような肌に指を滑らせたら、その細い腰に俺のを突っ込んで喘がせたら。その小さな唇を好きなように蹂躙したら、きみはどんな顔をするんだろう。他の誰にも見せたことのないようなイイ顔を、俺にだけ見せてくれたりするんだろうか、なんて。

「…俺、きみのその幸せそうな顔、好きだな」

 ダメだな、きっと今、俺の瞳はみっともなく欲情の色を晒している。俺を見上げる彼女の瞳は何を思っているのか分からないけれど、絡んだ視線の熱はじくりと確かに高まっていくから、

「、…私もサンジくんのその顔、好きだよ?」

 そうして最後にはもう、どうしようもなくなるんだ。

溺れる人形
20111120
企画「曰はく、」様提出

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