「今から行くから、鍵開けておいてね」
『はあ?』

 電話越し、たっぷりと間を空けてから返ってきた間抜けな声にふっと笑って、そのまま電話を切った。
 なまえの嫌そうな顔を想像するだけで頬が緩む。電話から十分も経たないうちに着いた彼女の家のインターホンを押すと、間もなく開いたドアからは予想通り心底嫌そうな顔をしたなまえが顔を出した。

「…自分が開けといてって言ったんでしょ」
「はは、本気にしたの?不用心だなあ」

 自然と笑みを深くした僕とは対照的に彼女は眉間の皺を深くする。ああ、これだから止められない。そういう反応が僕を余計に愉しませる。

「バカンスから帰って一番に会いに来たのに、ちょっと冷たくない?」

 背を向けてリビングへ戻ろうとする華奢な身体を背後から軽く抱きしめ、耳元で甘えるようにごちても「ばかじゃないの」と一蹴する彼女。
 腕の中からするりと出て行くなまえの、恋人というにはあまりにも甘さの足りない態度に苦笑する。この、捕まえきれない感覚がなんとも僕を夢中にさせた。

「…何笑ってんの、」
「いや、相変わらずだなあと思ってね」

 そう、こうして膨れた顔を見せる彼女が、素直になれないともどかしさを覚えているのは知っていた。
 僕にはそんな彼女が可愛いし、だからこそ今こうして一緒にいるわけだけど、それを彼女は分かっていないんだろう。彼女は賢いわりにバカなのだ。

「…なまえ」
「………何?」

 大体、彼女が素直じゃないなんてことはない。素直じゃない奴はそもそも僕に言われたからって律儀に鍵を開けて待っていたりしないし、こうして分かりやすくむくれたりもしない。
 まあ僕が好きだからっていうのもあるだろうけど、なまえは少し照れ屋なだけなんだと僕は思う。

「おかえり、って言って」

 逃がした身体をもう一度、さっきよりは強い力を込めて抱きしめる。首筋に鼻を埋めてすん、と鳴らすと、少しだけ硬くなった彼女の身体からは一瞬置いて力が抜けた。
 後ろからだとなまえの恥ずかしそうな顔が見えないけれど、正面から見つめたりしたら彼女が逃げ出してしまうのは目に見えていた。だから、これでいい。

「…おかえり、ジーノ」

 小さな愛の籠もった優しい声と、赤く染まる耳元が見えていれば、僕はそれでいいんだ。そしたら僕はいつだって、きみに「ただいま」を言えるから。

小指と小指を絡ませて
20111018

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