部屋の隅で壁に寄りかかるように座る彼に、気配を消して近づいてみる。何のことはない、ただの出来心だった。
晋助の瞳はしっかりと閉じられていたし、別段気を張っているようでもない。それを確かめてから足を進めたはずなのに、伸ばした手首はその彼によって一瞬で掴まれた。
「なんだァ?…珍しいなあおめェが夜這いなんざ」
ゆっくりと開かれた長い睫毛の下、射抜く視線、ぴりぴりと伝わってくる空気の振動。最近左目を失くした彼は、以前にも増してどこか張り詰めていて、そしてその分色気も増した気がする。
「…起きてたの?」
「アん?…いや、寝てた」
「ちぇ…なんでバレるかなあ」
「…教えて欲しいか?」
子供のように勝ち誇った笑みを浮かべる晋助を、口を尖らせながら睨む。しぶしぶと頷いた瞬間、掴まれたままだった腕を一気に引っぱられて体勢を崩した私は、晋助の上に遠慮なく倒れ込んだ。
無駄な肉のない彼の身体は衝撃を緩和するには硬過ぎて、ぶつかったところが地味に痛い。何をするんだ。
「っ、何、」
「…くくっ…甘ェんだよなァ…」
耳元で聞こえる低音とかかる吐息の感触に、ぞくりと背筋が震えた。彼はワザとらしく私の耳朶を口に含み、やわやわと噛んで刺激してくるものだから、吐き出す息がどうしても熱く湿ってしまう。
本能的に感じる危険から逃げるため、体を起こそうとするけれど、お見通しだとでも言うようにしっかりと腰を押さえつけられていてはそれも叶わない。
「……何が、」
「においが」
晋助が喋る度に揺れる鼓膜は、その振動を迷惑なほど甘い痺れに変えて脳に伝えていた。だから、晋助が喋る度に私の肌はどうしたって粟立って、脳はじわりじわりと溶かされてしまうのだ。
「…ココにクる匂いがすんだよ、」
その上卑猥に囁かれながら、なぜだか既に硬くなり始めているらしい彼を腿に感じたら、彼に躾られたこの身体が疼かないはずないじゃない。そもそも私はこの男の声に弱いのだ。私の弱点を明確に把握して、的確に攻めてくる手腕は流石とでも言うべきなんだろうか。
晋助はいつだって子どものように自分勝手なくせに、こういうときには一丁前に大人の男を感じさせるから、敵わないのだ。簡単に手懐けられるような獣には私だって惹かれたりしない。
「だから、お前が近くにいるとわかる」
「…最っ低…」
「くっ…相変わらず気の強ェ女だなァ」
「感じたくせに」と、挑発的に耳を擽る晋助にどんどんと溶かされていく脳髄は、その香り立つような色気にあてられて、その機能を停止していく。そうして、ああもう、何も考えられないや
不埒の毒で死に至る
20110914