ソファに身体を投げ出し、時折はしる膝の痛みを無感情にやり過ごしながら目を閉じる。無音の中で暫くの間そうしていると、ピンポーンという間の抜けた音が部屋中に響いた。誰が来たかなんてすぐに分かる、この部屋に、こんな時間に来るやつなんてあいつしかいない。
 俺がいないとでも思って帰ればいいのに、なんて俺の希望を悉く無視してガチャリと鍵を開ける音が耳に届く。…ああ、そういやちょっと前に鍵を渡したんだっけ。欲しいならやるよと投げたそれに、随分と嬉しそうな顔をしていた気がする。

「持田さーん?…お邪魔しまーす」

 玄関から聞こえた控えめな声はやはり予想通りの人物。誰に向けた訳でもない挨拶を口にするなまえの、とたとたという足音が近付いて来るのを聞いて、俺は無意識に大きく息を吐いていた。

「…あ、…持田さん、居たんですね」

 リビングの扉を開けたなまえに視線だけ投げかけると、彼女はとたとたと俺の座るソファへ近付いて来た。視界に入る彼女の姿に、ぐにゃりと肺の下が重くなるのを感じる。
 俺の恋人はまだまだ学生、青春真っ只中。同年代と思う存分遊んで、淡い恋でも楽しんでりゃあいいものを、なんだってこいつはこんなところで、と思わずにはいられない年齢なのだ。

「……何しに来たワケ」
「え?…っ」

 無防備に近寄って来た身体を苛立ち混じりに引き寄せれば、なまえの髪からは清潔な石鹸の香りがした。いつもは俺を穏やかな気持ちにさせるそれが、今日は肺にこびりつくようで気持ち悪い。
 この感情は知っていた。時折どうしようもなく胸の中を支配して、染み込んでくるこの感情を、俺は今までに何度も経験してきた。結局のところ俺は不安なのだ。この脚がぶっ壊れて使いモンにならなくなったら、とか。その時こいつはどうするんだろう、とか。考えるだけで苛々するくらいには不安なのだ。

「…持田さん…?」
「なあ…何しに来たんだよ」
「……」
「…帰れよ、」

 矛盾している自覚はある。彼女が離れないように抱き締めているのは俺だし、縋るような情けない声で彼女を引き止めているのも俺だ。
 帰って欲しいというのは本心だった。彼女は不安の種であり、俺の心を弱くする元凶だ。でも、ここに居て欲しい、というのもどうしたって本心なのだ。彼女はこの言いようのない不安を打ち消すことができる唯一なんだと、本能で分かっている。

「……かえれ…」

 絞り出した言葉と同時に腕に力がこもる。なまえは黙ったまま、何も言わず強張っていた身体から力を抜いて、そっと俺の背中に腕を回すから、どうにも愛しさばかりが胸をついた。

神様の顔が思い出せない
20110810

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