※高校時代


 吉田くんはサッカーが上手い。鼻が高くて睫毛が長くてちょっと垂れ目で、ナルシストだけどそれなりにモテて、そして基本的に女の子には紳士的で優しい。基本的には。

「こうやって、保健室に女の子を連れ込む僕は悪い男だと思うかい?」

 薬品臭い部屋の中にそんな彼と二人きりで、私は無意識に唾を飲んだ。ドアの前に立つ吉田くんのせいで私に逃げ道はなく、この場には保健室に常駐しているはずの先生もいない。他の生徒も見当たらない。つまり、完全に、周到に、二人きりだ。
 彼が悪い男なのかそうでないかというのは今の私にとって判断し難いことなのだけど、とりあえず保健室を連れ込むとかそういう如何わしい目的で使おうとするのは良くないんじゃないかと思う。常識的に。

「…連れ込む、って」
「結果から言えばそういうことだからね」

 なるほど、私は保健委員として、体調が悪いと訴える彼に付き添ったつもりだったけれども、つまるところ私は彼に騙されたらしい。その爽やか過ぎる笑みに、危うく騙されたという事実すら誤魔化されるところだった。
 彼は基本的に口元の笑みを崩さないのだけども、崩さないからこそ、その微笑は彼の考えていることの一欠片も伝えてくれはしない。彼の考えていることなど分かった試しがなかった。そもそも彼の思考は豪胆過ぎて凡人の私には理解が及ばないのだ。

「…吉田くんっていつも何を考えてるの」
 
 率直な疑問を口にすると、吉田くんは少し驚いたような顔を見せたので、そうか、と私は妙に納得した。つまり、私にとって彼の思考回路が豪胆なように、彼にとって私の思考回路は突飛なのだろう。理解の範疇を越えているのはお互い様らしい。

「…知りたい?」

 何か含んだようにそう尋ねる吉田くんに、躊躇うことなくこくりと頷いて見せると、彼は「じゃあ教えてあげる」と言って、その優雅な笑みに少しだけ真剣な色を混ぜた。吉田くんはその顔のつくりが整っているだけに、真剣な表情をされるとなかなかの迫力がある。

「…そうだな、例えば…君にキスしたいなあ、とかね」
「え、…」
「ねえ、してもいい?…キス」

 彼のすごいところは、私の気持ちを確かめたり、自分の気持ちを伝えたりする前に、平然とそういうことを言えてしまうところだ。そうやって会話のペースを握り込んで、自分の思うままに物事を進めてしまう。カリスマ性の片鱗かもしれない、と私は他人事のように思った。
 例えば今も、まだ何も言っていないというのに、彼の唇は迷いもなくゆっくりとこちらへと近付いてくる。

「…まっ、…、」
「……うん?」

 呆気にとられながらも何とか絞り出した声に、抵抗する気も起きないほど爽やかで優しい笑みが返ってくる。私はそれ以上何も言えなくなって、薬品臭い空気に混じる彼の涼やかな匂いを感じながら、人生で初めての、キスをした。

透き通る青春の日
20110808

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