彼女の愛液は透明で、俺の精液は白く濁っている。それがあまりにも象徴的な事実だったから、俺はその透けるほど透明な彼女を存在ごと汚してしまうのではないかと、途方もなく怖かった。
「…気持ちいですかァ?なまえチャン」
「はァ…っ、…ぅん、」
そんなどうしようもない臆病を抱えたまま、俺は今日も懲りずにまた指を濡らす。けれどこれは、彼女を気絶するほどの絶対的な快楽に突き落とすだけの擬似性交だ。自己満足なのは分かっている、それでも、怖いものは怖いのだ。
「まあ、顔見りゃわかるけど。…イきそ?」
「…ぅ、ん…っあ…ァ、」
ゆらり 弱々しく伸びてきた細い指が震えながら俺の着流しを掴んだのを、俺はなんとも言えない気持ちで眺めていた。視線を上げれば快感を抑えこんだ顔で俺を見るなまえがいる。
彼女の瞳は随分と水分過多のようで、今にも雫が零れ落ちそうだ。泣かせたいわけではない筈なのに、その煽情的な表情にはどうしたって喉が鳴るし、下腹部もじんと重くなる。ああ、だめ、なのに。
「どうした…?」
「ぎん…っ…さ、…」
「……だァめ、」
誤魔化すように出来うる限り優しい声を出しながら、もう喋らせまいと俺は指の動きを早めた。
彼女の指が何を求めて俺に縋っているのか、彼女の瞳がどうしてああも揺れているのか、もちろん分からないわけじゃない。俺の白く濁った欲が欲しいんだと訴えてくるなまえが何より愛しいと思う、だけどだからこそ俺は、どうしてもお前を汚したくはねえんだよ
「あっ…ぁ、…やっ…」
「…ほら、イっちまえ」
なまえのナカに埋め込んだ三本の指を大きく回す度、くぷりと空気を含んだイヤらしい音がした。気泡を潰すような水音と、互いの呼吸だけが部屋を満たしていることに興奮する。
鼻を掠める独特の性の香りに熱を集める下半身は、指に感じるこの感触を直接味わいたいんだとあからさまに主張してきて、俺の言うことなんか聞きやしない。
「…やぁっ…ん、ァ…!」
徐々に締め付けの間隔が狭くなる胎内は、彼女の限界が近いことを知らせていた。それを促すように内壁の奥を擦りながら、濡れた小さな突起を親指で弾けばなまえの爪先が強張って小刻みに震え始める。
着流しを掴む細い手には指先が白くなるほどにぎゅっと力がこめられていて、俺は無性になまえとキスがしたくなって、絶頂に喘ぐ彼女の唇をやんわりと塞いだ。
少しして弛緩した白い身体にのそりと覆いかぶさってみると、意識を失ったなまえの目元が濡れていた。閉じられた目尻には光を受ける綺麗な雫があって、やはりそれは透明で、舐めとればほんのりとしょっぱかった。
奈落の底の深海魚
20110830