彫刻のように端正なバーナビーの顔は、画面を通して見るよりも本物を目の前にした方が数倍迫力があるように思う。柔らかくカールした蜂蜜色の髪も、照明を反射してきらきらと輝くエメラルドグリーンの瞳も、この世の誰もが羨み、美しいと感じるような黄金律で、透き通る白い肌に配置されている。
 彼と肌を合わせるようになってから、メディアに疎い私も少しばかりテレビや雑誌を気にするようになった。昨晩もたまたまつけたテレビで、彼とワイルドタイガーのインタビュー映像が流れていて、チャンネルを変える手をつい止めてしまったほどだ。そんなふうにテレビ画面の奥にいたはずの人が、今はこうして隣で寛いでいる、未だその不思議な感覚に慣れてはいない。世間を賑わせるキング・オブ・ヒーローの纏う特別なオーラみたいなものが、どうしたって私に非日常を感じさせるのだ。一方で、彼だって私たちと何ら変わりのない、ほんの少しの狡さと繊細さを秘めたひとりの人間なのだということも、最近なんとなく分かってきた。

「どうしたんです?そんなに熱く見つめられると、流石に少し照れるな」
「嘘。涼しい顔しちゃって」

 彼の余裕たっぷりな様子が何となく癪に触って、衒いもなくそう言い放つと、バーナビーは片手でシャンパングラスを揺らしながらくすくすと楽しそうに笑った。長い脚を組み替えて、革張りのカウチの上でシャンパングラスを傾ける姿はなんて優雅なんだろう。文句のつけようもないくらい絵になるその格好が、なんだかじくじくと胸に沁みて、私の情緒を不安定にさせる。

「取り繕っているだけですよ。本当は、頭の中で貴方を押し倒しているかも」
「…ばか」

 バーナビーの他愛のない言葉遊びに、なんと返すのが正解なのか分からず、一言返すのが精一杯だった。彼は今まで付き合ったことのあるひとのうちの誰よりも、甘い言葉をすらすらと吐き出してくる。一体どこからこういう言葉を仕入れてくるのか一度じっくり問い詰めてみたいものだ。多少は慣れてくるとはいえ、一緒にいるこっちの心臓のことも少しは考えて欲しい。
 私の反応を楽しむようにわざとこちらを覗き込んでくる彼を無視して、ローテーブルの上にある自分の分のシャンパンに手を伸ばし、誤魔化すように一口。食後に出してくれたバーナビーお気に入りのロゼは甘過ぎず、細かい泡が口内で弾けながら軽やかに喉を通り過ぎていく。ああ、今夜はいつもよりも早く酔いが回りそうだ───彼の視線を感じる左側の頬だけが、なんだか少し熱いような気がする。

「耳が赤いですよ」
「…っ…うるさいなあ、」
「ふふ、そんな可愛い顔で睨まないで?」
…本当に押し倒してしまいたくなる。

 そんなことをのたまう彼の余裕をどうにか崩してやりたい。私は腹いせに彼の手からグラスを奪い、そのまま、まだ中身の入ったそれを目の前でぐい、と口に入れた。一口目を嚥下すると、華やかな香りとともにじわじわとアルコールが脳に沁みていく気配がした。二口目は、口に含んだまま。バーナビーは微かに瞳を見開いたものの、特に何を言うでもなく、愉快そうな笑みを浮かべている。私が何をする気なのか、ひとまず様子を見るつもりなのだろう。
 私は空のグラスをふたつとも一旦テーブルに置いてから、ここからが反撃開始だと、彼の長い脚を跨ぐようにしてのし掛かった。白いフレアのスカートはふわりと波のように広がり、二人分の下半身を覆い隠した。布越しに彼の筋肉質な太腿を感じながら、口に含んだシャンパンを押しつけるように、キス。彼は不安定な体勢を支えようと私の腰に手を回したものの、無抵抗にそれを受け入れた。

「…どうしたんです、なまえ。何かいやらしい悪戯でもしてくれるんですか」

 ちらりと視線をあげると、私の様子をつぶさに観察しようとする翡翠の瞳。気遣いを見せつつも、彼はここまで私にされるがまま。大きな抵抗を見せないのは、まだまだ彼のペースを崩せていない証拠だ、と思った。とりあえずお手並み拝見といった表情をしている彼の、それでもその瞳には少しだけ欲が滲み出しているような気がして、私はぺろりと乾いた唇を舐めた。

「…そうだったら、どうするの?」
「そんなの当然、甘んじて受け入れますよ」

 猫のようにすっと目を細めた彼が、にっこりと隙のない笑顔を見せる一方で、私の方は、黒いシャツからのぞく鎖骨に唇を寄せながら、体内の温度がじわじわと上昇するのを感じていた。
 まだシャワーを浴びてもいないその肌に吸い付くと、少しだけしょっぱい味がした。鼻孔をくすぐるのは、以前誕生日にプレゼントしたトワレの残り香。ウッディ系の洗練された香りとほんのり上乗せされた上品な甘さが彼のイメージに合っていて、思わず買ってしまったものだ。その香りに惹かれるように耳裏に鼻を擦り寄せながら、羽織っていたカーディガンを脱ぎ、そのカーディガンで彼の顔を覆うようにして視界を奪うと、流石のバーナビーもわお、と声を出した。

「目隠しプレイですか?僕としては大歓迎ですけど…っ…て、ちょっと、…っ」

 カーディガンを後頭部のあたりで適当に結んで固定し、私がかちゃかちゃと彼のベルトを外し始めると、バーナビーはついに堪らなくなったのか戸惑ったような声を出した。私を止めるようなことはしないものの、彼の動揺を示すように全身がぐっと強張っている。ようやく移り始めた主導権に、優越感と、なんとも言えない高揚感がじわり。カーキのパンツのジッパーを下ろし、前をくつろげると熱のこもったそこは僅かに硬くなり始めているようだった。

「…、なまえ…?」

 黙ったままの私に、まさか、というような声を出すバーナビーに、彼がよく口にする台詞が脳をよぎる。散々に私を追い詰めておいて、彼はいつも「どうして欲しいです?」と甘い声で囁くのだ。最後の最後に一線を越えさせる彼のそのやり方に、常々悔しい思いをしていたけれど、今ならそう言いたくなる気持ちが少し解るかもしれない。なりふり構わず自分を欲しがっている姿が見たい、鼓膜の奥に響くその声で言葉にして欲しい、そんな身勝手な欲望が首をもたげている。
 壁にかかっている時計を見ると時刻はまだ21時を回ったところ。夜はまだまだ始まったばかり、なんて安いドラマの語りのような台詞を思い浮かべながら、私は彼の布越しに熱の中心にそっと触れた。やわやわと揉むうちに、それは見る間に硬さを増していく。息を詰めるかのように閉ざされた彼の唇をこじ開けると、さっきよりも温度を上げた舌がぐちゅりと絡まってきた。二人の間から漏れる熱く湿った吐息がどちらのものなのか、もう、わからない。


ドラマティックは要らない
20190101

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