彼女は私物を男の部屋に置くような女性ではない。別に着替えや歯ブラシを置いていってもらっても一向に構わないのに、彼女はそうしない。それとなく不便じゃないかと尋ねたこともあったが、別にの一言で片付けられてしまった。

「ねえ、これ食べてもいい?」

 そんな時に虎徹さんに提案されたのがこの作戦だった。作戦、というほど大仰なものではない。ただ、彼女の好きなラムレーズンのアイスクリームを自分の冷凍庫に忍ばせておく。それだけだ。
 彼女は私物を置かない代わりに、僕の部屋にあるものはなんでも自分のもののように扱った。例えば水。冷蔵庫に常備されたボトルの水が何本彼女の体内に消えていったか分からない。つまり、そこにある水は僕のものであると同時に彼女のものでもあった。逆説的に考えると、彼女しか口を付けないアイスクリームは、一見僕のもののようでいて、その実彼女のものということになる。水は彼女が部屋に来なくても僕が飲んで減るが、アイスクリームは彼女が食べなければ減らない。
 この案を初めに聞いたときは、そんなこじつけ紛いの論理を並べてまで彼女の私物を置いておきたいわけじゃないと強がったが、結局、特に実行しない理由もないし、彼女が喜ぶのならこの理論が破綻していようがそれはそれで結果オーライじゃないかという結論に至った。

「どうぞ?」

 彼女の問いになんでもない風にそう答えて、僕は手元の本に目を移した。許可を得ようとするのは、彼女がそれを自分のものではないと認識している証拠だ。他のものに関しては許可など求めないくせに、何故今回ばかりは尋ねてくるのか些か疑問に思いながら、僕は文字を追うフリをした。僕のものにしてはあまりに異質だからだろうか?

「…やっぱりいいや。今日はもう帰る」
「?確か、明日は午後からって言ってませんでしたか?」

 当然彼女が此処に泊まっていくと思っていた僕が顔を上げると、彼女は手にしていたアイスを元の場所に戻しているところだった。早足で自分のコートを取りに行く彼女の顔は、不自然なほどに無表情だ。

「なまえ?…何を怒っているんです?」

 咄嗟に疑問を口にした時には本当に心当たりはなかった。けれども数秒もしないうちに、答えはいとも簡単に見つかった。彼女のものではなく、僕のものにしては明らかに不自然なものが、僕の部屋にある。その事実から導き出される誤った結論など容易に想像出来る。
 なまえは薄手のトレンチコートを手にして、僕の問いに答えるか否か逡巡しているようだった。僕はにやけそうになる口元にどうにか力を入れ、先を促すようになまえを見つめた。

「……あのアイス、誰の?」

 たっぷり数分間は黙ったまま見つめあっただろう。なまえは観念したようにそう小さく零した。拗ねた子供のような態度が可愛くて堪らない。僕はやはり緩みそうになる口元に神経を使いながら、彼女を抱き締めに行った。幸い逃げる様子もなくなまえはあっさりと腕の中に収まった。
 貴方のですよ、と言ってもなまえはあっさりと納得することが出来ないのか、無言を貫いている。そのくせ大人しく抱き締められているそのいじらしさが堪らなくて、愛しさに任せて絹のように細い前髪を避けて額にキスをすると、なまえが困ったように眉を下げて見上げてくる。

「なまえ…生憎僕は、貴方以外の誰かのために、自分に不要なものを部屋に置いておくような懐の広い男じゃない」
「………それ、言ってて恥ずかしくないの」
「…誰の所為だと思ってるんですか」

 指摘されると余計に恥ずかしくなって、照れ隠しのようにそう言うと、なまえは小さく笑って僕の頬にキスをした。

近頃世界が僕に優しい
20141027

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -