シャワーを浴び、彼女が事後に欲しがるだろうミネラルウォーターを持って彼女の待つベッドルームへと向かった僕が、すやすやと安らかな寝息をたてているなまえを見たときに抱いた感情はとても一言では表せない。

「なまえ…?」

 恐る恐る名前を呼んでも、彼女は深い眠りに沈んだままだ。久しぶりに訪れた二人だけの夜だというのに、彼女は睡魔に連れ去られてしまったらしい。なんてことだ。
 僕は中途半端に昂ぶった感情と身体を持て余し、彼女のために持ってきたミネラルウォーターを一口だけ流し込んだ。ひんやりとした液体が喉から身体の深部へと沁み渡るのを感じながら深呼吸して、どうにかこのまま眠ってしまおうと必死な僕はなんて健気なんだろう。

「ん、…」

 だから───だから、僕がベットに潜り込んですぐに寝返りをうった彼女が、残酷にもそんな僕の目の前にその白い項を晒したとき、僕は思いきり舌打ちしたいような気分になった。ああ、くそ。だめだ。

「…なまえ、」
「……ん…」
「なまえ…」

 後ろから彼女の小さな耳に齧り付きながら、細い身体の線をなぞるとどうにも興奮した。こんなのは自慰となんら変わりのない自分勝手な行為だと分かっている。分かっていても、止められなかった。それくらい彼女に飢えている。
 鼻腔を擽る彼女の甘い匂いがずんと腰の辺りに響いてどうしようもないのだ。ああ、僕はいつからこんなにも、自制の効かない人間になってしまったのだろう。彼女だって仕事に追われて忙しかったのだろう、疲れているのは明らかだ。分かっていながらこんなことをして、僕は本当に、聞き分けのない子供のようだ。

「…、なまえ…っ」

 起きて欲しい、でも、起きないで欲しい。矛盾した葛藤を喉の奥で飲み込んで、名前だけを小さく呼ぶ。意識のない彼女の身体を布越しになぞり、肌を舐めるだけで兆しを見せる自身に意識の隅で自己嫌悪しながらも、僕はこの身勝手な自慰を止めなかった。彼女の目が覚め、戸惑いの声をあげるまで。

「…ん、…ぇ?っ…何、ばーにぃ、?」

 覚醒しきらない彼女のふやけた声が、あまりにも僕の脳の芯を揺さぶる。僕はこれ以上掻き乱されまいと反射的に彼女の無防備な口に指を差し入れ、そのまま指先で戸惑う舌を宥めながら、一人荒い息を整えた。
 独りよがりに快楽を貪った結果、彼女の眠りを妨げたという罪悪感に、すみません、と小さく呟くとなまえは何か言いたそうな目で僕を振り返った。どうしようもない悪戯を見つけられてしまった子供のような気持ちになりながら、彼女の小さな口からおずおずと指を引き抜く僕は、全く理想のヒーローとは程遠い。

「、っ…ばーにぃ…、…」

 薄っすらと涙の膜を張る彼女の瞳が揺れる。その顔が堪らなく可愛くて、愛おしくて、泣きたくなる。それを誤魔化すように唇を触れ合わせると、なまえはそっと舌を差し出してくれた。
 唇が離れると、彼女の長いまつげの間から濡れた瞳が僕を映す。そうして安心したように、嬉しそうになまえが笑うから、余計に愛しさが溢れ出て、僕はいつかこの愛しさに押し潰されてしまうんじゃないだろうかと本気で心配になった。

「ふふ…キスしたいなって思ったの、伝わっちゃった?」

 照れたようにはにかむなまえが、収まりかけた身体の熱を煽る。けれども心の方は不思議と凪いだように落ち着いていた。この小悪魔な天使は僕を一体どうしたいんだろう。僕にどうして欲しいんだろう。どうすればいいのだろう。静かに、愛しさが過ぎていく。

いっそ息の根を止めてくれ
20140421

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