自室に戻り、扉を閉めて、私はそのままベッドの上に倒れ込んだ。一人きりになると自分の息がいつもより荒いのが余計に際立って感じられる。蘇る土埃の匂い、駆ける蹄の音と巨人の足音、それらの轟音の中で浮かび上がる仲間の声、にたりと笑う歪な顔、肉を削ぐ感触と血飛沫。───地獄だ。壁外での全ての記憶が今、私の脳を苛んでいる。耳を塞いでも、目を閉じても消えないそれらが延々と精神を消耗してくる。今日の夢見はきっと最悪だ。
 そうして思考を沈ませてどのくらい経ったのか、ふと廊下から微かな足音が聞こえて私は意識を現実へと引き戻した。足音は私の部屋の扉の前で止まり、少ししてからノックの音が響く。俺だ、と不遜な声が聞こえたので、私は「どうぞ」とだけ返した。

「、…リヴァイ…」
「…顔色が悪いな」

 私の方を一目見て、彼は眉間に皺を寄せてそう言った。怒っているかのような顔で、不器用に心配してくれるリヴァイは優しくて、強いなあと思う。彼の方こそ迷い、苦しんでいるはずなのに、自分のことで手一杯の私とは大違いだ。

「…、大丈夫だよ」

 なんの根拠もない言葉を口にするとリヴァイは片眉を上げて、私の寝そべるベッドに腰をかけた。ぎしりと軋むベッドと、少しだけ密着する身体。触れ合った場所から布越しに伝わる体温がお互いの生命の証だ。

「…大丈夫って顔じゃねえけどなァ」

 するりと伸びてきた彼の手が私の頭にぽんと乗せられ、ゆっくりと、優しい手つきで髪を梳く。心地良い感触に目を細めていると、リヴァイは暫らくの間何も言わず、そのまま私の髪を撫ぜ続けてくれた。つんと鼻の奥が痛み、じわりと目頭が熱くなる。仲間との記憶が走馬灯のように目の前を過ぎり、堪らなくなった。
 彼の手はどこまでも優しく、温かい。持ち帰った仲間の身体が信じられないほどに冷たかったのを思い出して私は目を閉じた。静かに流れてくる涙を枕に染み込ませながら、ふと、彼の胸の中で泣いた最初の晩を思い出す。あの日も彼はその無骨な手の平で私の頭を撫でていてくれた気がする。

『っ、ぅ……ごめ、…』
『…いや……おめえが泣くから、俺は泣かなくて済む。ありがてえ話だ』
『…っ…、』
『だから…、俺の分も泣いてくれ、なまえ』

 今も昔も、私は泣き、彼は泣かなかった。泣き方なんぞ知らん、と言っていた彼はいつもただこうして、私を待ってくれる。振り返りはしない、でも決して彼は、誰かを置いて行ったりしないのだ。
 彼の優しさはきっと、もう会うことも出来ない仲間たちに向けられるはずだったものだろう。この優しさは懺悔であり、同時に誓いなのだ。積み上がり続ける墓標に私たちはただ誓い続ける。どんなに心が痛くても、苦しくても、立ち止まることはできない。立ち止まってはならない。

「…リヴァイ、」
「…なんだ」

 一通り泣き切って身体の疲れがじわじわと思考を蝕み始めた頃、このまま寝てもいいかと尋ねると、彼は構わねえがじきに飯だぞ、と言って頭を撫でる手を止めた。そうしてその手で今度はゆっくりと私の唇をなぞる。労わるようなその手つきが胸に痛い。
 正直なところあんまりお腹は空いていないし、泣いたと分かるような目元で食堂に行くのは気が進まないけれど、彼には随分心配をかけているようだし、更には先回りして「食えよ」と言われてしまったので私は素直に頷いておいた。彼が少し怖い顔をしているのは、多分私のことを心配してくれているのだろう。リヴァイは基本的に分かりづらいと思われがちだけれど、コツさえ掴めば分かり易い部類に入ると思う。

「…じゃあ、それまででいいから、このままでいて」

 そう言って彼の服の裾を掴むと、リヴァイはちらりと私の方を見た後、表情も変えずにただ軽く息を吐いて私の願いを聞き入れた。ぴんと伸ばされた背筋と、前を見据える凛々しい横顔がなんとも頼もしい。
 少ししてから彼は思いついたように私の方を振り返り、目が合って、見つめ合った。音も立てずに身体を傾けてくるリヴァイは相変わらず目付きが悪いのに、伏し目になるとやけに色っぽい。意外に長い睫毛と薄い唇がじりじりと近づいて来て、ああ、キス、される。

「…礼は先に貰っとく、」
……目、閉じろ。

 至近距離で囁かれて、言われるがまま目を閉じると唇が柔らかく触れ合い、じわりと体温が混じり合う。気付けばいつの間にか、私を苛んでいた騒音は跡形もなく止んでいた。彼のおかげで今夜は何の夢も見ずに寝られるかもしれない。

寄る辺ない瞬きを一つ
20140927

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