腕の中に抱きこんで耳朶を甘噛みしてやると、なまえの感度は飛躍的に上昇する。そうなるように私が仕込んだからだ。何も知らない彼女の身体に一つずつ、刺激と快楽を教えていったのは他でもないこの私だ。
 年下の恋人に自分の味を教え込んでいく過程を私は歪んだ満足感とともに楽しんだ。真白いものを汚す背徳と高揚は言葉で表すことかできない程だ。彼女の身体は従順に淫らな反応を覚えたが、それが彼女の純潔な心を貶めることはなかった。その事実がどれだけ私の心を軽くしたか知れない。

「…エル、ヴィン…」

 耳への愛撫を続けているとなまえは身じろぎしながら小さく震え、切なそうに男の名前を呼んだ。こんなにも全身で感情を伝えてくる女を、私は彼女以外に知らなかった。

 私は切り捨てることができる人間だ。全てを切り捨てる覚悟で今の立場に立った。だから彼女と全人類を天秤にかけたとき、私はきっと何の躊躇いもなく正しい選択をするだろう。そして、そんな私に彼女は優しく微笑むだろう。
 私がどんなに彼女を愛していても、彼女がどんなに私を愛していても、結局彼女が幸せになれないことは解っていた。この世界は決してそれを赦さない。それでも放してやれない私の身勝手さを、なまえは己の全てで許容している。───何があっても生き残るという全身全霊をかけた意志をもって。

「……こんなに酷い男でも、きみは愛していると言うんだな」

 自嘲するようにそう呟くと彼女は心配そうな顔で私の頬を撫でた。濁りない、曇りない、透き通るような瞳で訴えかけるように見つめられると堪らない気持ちになった。あくまでも私だけを見つめる意志の強い眼差しを、欲しない人間がどこにいるというのだろう。

「……エルヴィン、?」
「…いや、…なんでもないよ」

 罪悪感にまとわりつかれながら感じる愉悦は目の前がくらりと歪むほど濃密で、彼女の内部を侵食し、同時に自分が侵食されていくような錯覚は神経を痺れさせるほどに気持ち良かった。そうして私は、彼女の懸命な姿を見つめながらそんなことを思う自分の酷悪さを痛いほど感じるのだ。
 心も身体も逃げられないように縛り付けられ、こんなにも身勝手過ぎる歪んだ愛を押しつけられても、なまえは綺麗なままで私の心を救ってみせる。そんな彼女を、私は愛さずにはいられなかった。

「…なまえ…愛している」

 もしもいつか、彼女の心が離れてしまったら、自分はそれを許すことができるだろうか?もしもいつか、彼女の命が失われるようなことがあったら、自分はそれをしっかりと受け入れられるだろうか?もしも本当に、全人類のために彼女を切り捨てなければならないようなことがあったら、私はこの足で人の道を歩んでいけるだろうか?
 この残酷過ぎる世界が美しいのは彼女がここにいるからだというのに、灰色の世界は果たして何かの意味をもってくれるだろうか。

一億年後に幸せになろう
20131211

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