馬鹿なやつだ、と思っていた。何の悩みも持たずにいる能天気な、幸せなやつだと。そしてきっと、その裏側に何か得体の知れぬ強い覚悟をもった揺るぎないやつだと。
 とにかく俺にとって彼女はそういう存在で、少なくとも、今にも泣き出しそうな声で、絞り出すように俺の名前を呼ぶようなやつだとは、これまで一度も思ったことがなかった。ノックされた自室のドアを開ける、その瞬間までは。

「リヴァイ…」

 ドアを開け、彼女の姿を見とめたとき、俺は思わず息をのんだ。薄暗い廊下に立つなまえの姿が、何故だか俺を酷く不安な気持ちにさせたからだ。こいつはこんなにも細く、頼りなく、小さな身体をしていただろうか。今まで俺は彼女の何を見ていたのだろうか。

「…リヴァイ、…」

 か細い声に呼ばれて、縋るような目で見つめられて、その小さな身体を、抱き締めないわけにはいかなかった。それで彼女の中の何かが解決するというわけではないだろう。それでも俺は彼女を抱き締めずにはいられなかった。そうしなければ、彼女はこの暗澹たる闇に飲まれ、二度とは光の中に戻れなくなるのではないかとさえ思えた。

「…眠れねえのか」
「…、…うん」
「そうか」
「……リヴァイ、」
「…ああ」

 気の利いた言葉の一つも浮かばない俺は彼女の華奢過ぎる身体を一層強く抱きしめた。短いやりとりに対した意味はない。体温を預け合い、全身で感じる彼女の身体は幾分筋肉質ではあっても、やはり男ではあり得ないものだと思い知った。
 なまえはそんな俺の抱擁に呼応するかのように弱々しく俺のシャツを掴みながら、「寒い」と小さく呟いた。俺はやはりかけるべき言葉を見つけることができず、かわりに、役に立たない唇で彼女のそれを奪った。一瞬だけ触れ合ったそれは思いの外ひんやりとしていて、そして思った通り柔らかかった。
 そんな衝動的とも言える俺の行動にもなまえは何も言わず、ただ俺の言葉を待つようにこちらを見上げている。逃げないのなら捕食するだけだ。この世界はそうできている。俺はなんとも勝手なことを考え、そんな自分に半分呆れながら、口を開いた。

「…部屋に帰るなら今のうちだ、なまえよ」

 もはやただで帰すつもりもないくせに、そう囁くと、なまえは怯む様子もなく少女のように小さく笑ってみせた。その顔にどうしようもなく感情的になった俺は、もう一度、今度は噛み付くように彼女の唇を奪った。徐々に熱を上げる彼女の咥内を感じながら、とうの昔からこうなることが解っていたかのような気分になるのだから、全くもって身勝手な話だと思う。

冷熱と暗転
20131209

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